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| 2004年05月18日(火) セックス |
| 暗い暗い漆黒の闇。ここはトンネルの中なのだろうか。深い海の底かもしれないし、光のない世界なのかもしれない。その闇の中に確かに光る明かりが一粒。 私たちはそれだけをただ目指して駆け抜ける。 シャワーを浴びる前、たまに裸のまま姿見の前に立ってみる。 自分の体は、いつ頃から大人に似た体になってきたのだろうと思う。いつの間にか私の体は大人になってしまって、私の意志はいまだ大人になりきれず、焦りを感じているというのに、体には別の意志が宿っているようで私を待たずにどんどんと成長し続けていくような気がしてならない。 鏡の中の自分の裸身をここそこと点検をする。壊れているところはありませんか。誤っているところはありませんか。不具合はありませんか。その体は快適ですか。 私の胸の膨らみは一体何のためにあるんだろう。一体誰のためにあるんだろう。 少し前までは、男性のためにあるものだと思っていた。 今では未だ見ぬ我が子のためにあるものだと信じている。 唯一そこが、私の意志と体の意志が連動しているという証拠かもしれない。 男の人の前で裸になると、不意に自分が頼りない存在に思えてしまう。まだ未完成で不完全な自分を恥じる。私はまだ何もかもに足らないから、だからあなたとセックスするのも不十分な人間なのだと思う。何かが足らずに恥じて隠してしまいたくなる。心の中で咄嗟にそう思ってしまう。もう逃げられるタイミングはとっくに失くしているはずなのに。 肌に直接触れる空気はいつもひとりの時に裸になるよりとても冷たく感じてしまう。自分の頼りない体が宙に浮いたり足や手ををばたつかせるたびに、頼りなさはさらに増して理由もない心細さを感じる。 彼はこんな不完全な私を許してくれるのだろうかと意味もなく思ってしまう。 19歳のときひと回り年上の男性と付き合った。 その人とのセックスは、自分の中のセックスを捉える角度を少し違ったものにさせた。 19歳のころは、相手の体に指を入れたり口に含むことが汚らしく思えていた。指を入れてみようと思う衝動や口に含みたくなる欲求が理解できずにいた。けれどその反面、その頃は今のように自分の体を頼りなく感じることはまったくなく、ただただお互いが裸になって抱きしめあうことに好奇心をそそられ、異性とセックスをしているんだという事実に興奮していた。 セックスを汚いものではないと思いたい期待が、私の好奇心をくすぐり興奮させたのかもしれない。 31歳の男性のセックスは既に完璧ですべてが整いすべてを許容した。私はそのことにひどく驚いた。それは緩やかに長く確実なセックスだった。自分の手で相手に触れることの喜びを知り、その喜びと引き換えに私は自分の体の不完全さを思い知ったのかもしれない。25歳になった今の私にとっては、年齢も経験も彼のそれに近づきつつあるために、セックスの中にもっと別の喜びを見出さなければいけなくなってきたけれど、19歳の私にとっては彼に触れるというセックスが喜びであり、意味もなく不安定だった。その後はずっと誰かとセックスをするたびに、頼りなく心細くただただ恥ずかしかった。初めて羞恥心を感じたときだろう。遅れてやってきた羞恥心は余計に相手を興奮させ、お互いの衝動は増したのかもしれない。 友だちと遊びすぎて疲れた夜、その彼に電話をした。 ちょうど私のいる駅は彼の家の最寄の駅だった。泊まりに行きたいわけでもなかったけれど彼のことをふと思い出して電話をした。呼び出し音はすぐに止み彼の声が応答した。何をしていたのかと聞くと、「君の帰りをずっと待っている」と彼は答えた。この深夜に私がちゃんと自宅に帰ったかどうかの連絡を待っているのか、それとも彼の家へ呼び出されているのか、はっきりとはわからなかったけれど、私はその言葉に身も心もひどく揺るがされた。今からそちらに行きたいと言うと、待っていると冷静に彼は答えた。自分でも驚くほどセックスの衝動を抑えられなかった。 セックスの中で休息を感じるとき、その場所こそが自分の帰る場所だったのかと思う人もいるだろう。でも私は、自分の肉体や精神が自分の裡以外のどこかへ帰ることを許したくなかった。私はどこにも留まらずどこにも休むことなく、誰のものにもならずひれ伏せることも擦り寄ることもなく生きていきたいと思っていた。男性に抱きしめられてここが私の居場所だと思うことを認めたくなかった。 待っていると言われて易々と帰る女性にはなりたくなかったし、居場所を見つけて安心する女性にもなりたくなかった。ただ、彼の声を聞いたら相手がてぐすね引いて私を待っているような姿を想像してしまい、ひどく興奮してしまったのかもしれない。私はあなたとの関係に安らぎを覚えないと反発すればするほど、彼が私を引き寄せようとしている気がして、とても性的な衝動を感じた。 深夜の電車はとっくに走っておらず、私は歩く時間も惜しいと思いタクシーを飛ばして彼のアパートのドアを叩いた。部屋のライトはすでに薄暗かった。彼の猫が私の足元に近づいてきて、その毛が私の足首をくすぐった。 夜の高速道路を私たちの車は猛スピードで走る。 都会の深夜は、私たち以外に誰一人存在しないのではないだろうかという不安を感じるほど人の気配がない。緑のメーターのライトだけが光る暗い車内で、私は平衡感覚を失くしてしまい、途端に自分が頼りない物体に思えてくる。 私たちの乗った車は、長いトンネルにさしかかる。 真っ暗なトンネルの中には、ぽつんとひとつ、出口の明かりが見える。 白く細く小さな点のような光り。 私たちはそれに向かってスピードを上げる。 私たちはただそれだけに向かってアクセルを踏む。トンネルの出口を間違ってはいけない。壁に衝突したりせず確実にその出口に出なければいけない。誤ってはいけない。その小さなトンネルの出口を通って外に出なければ、私たちのこのドライブは完結して成立しないのだから。 セックスをしているとき、いつもそんなイメージが頭の中を飛ぶ。 真っ暗な空間に、真っ白い点がひとつ。 私たちはその穴に向けて慎重にそして猛スピードで飛び出さなければいけない。 的を外してはならない。スピードを緩めてはならない。 それは針の先でも突付くのは難しそうな小さな小さな光りの点だけれど、けれどその光りを捕らえた喜びは、セックスの快感に似ていると思えた。 会話もなく音楽も流れない車内は、密室であるということがとてもセックスに似ていると思える。うなりをあげるエンジンがシートに触れている体から伝わってくると、それは確実にセックスに近いという思いがする。そして、時にはその車のアクセルを私が踏み込む場合もある。彼を誘ってどこか遠くまで走り抜けようとアクセルを踏み込む。胸が高鳴るほどのスピードで私たちはどこかへ跳んで行ってしまう。そのスピードに、私も彼も抵抗することも出来ず車の外へ飛び降りることも出来ない。 彼は、私がこの助手席に座っていることを許してくれるのだろうか。 彼は、私がこの車を運転して彼をどこかへ連れて行くことを許してくれるのだろうか。 これからもずっと、そんな風なことを考えながらセックスをしつづける。 |
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