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2004年05月14日(金)  新しい友情の始まり
今日はとてもセンチメンタルな日だった。

今日で私がとても親しくしていた男の先輩が会社を去ることになった。
私は、夕方の時間を見計らって久しぶりに会社に出向いた。久々のオフィスは相も変わらず電話が鳴り響きざわざわと人が忙しげに歩いたり話し合ったりしている。心地よい雑然さが私をとても懐かしい思いにさせた。
皆の仕事が一段楽してから、全員が集まりその先輩に女の子が花束を手渡す。皆の拍手が鳴り終わると上司が、じゃあ最後の一言、お願いしますと、先輩の背中を押した。
彼はきっと泣くだろうと思った。
仕事では太い神経でぐいぐい相手を押すのに、人一倍心配性で人一倍淋しがり屋で泣き虫な彼は、きっと泣くだろうと私は思っていた。彼の言葉はやがて詰まり声がはじめる。

会社を辞めるのに、その先輩はいろいろと考えたことがあっただろう。それは複雑な気持ちの一部だろうけれど、私を相手に先輩はぽろりと吐いたこともあった。32歳の男が会社を辞めていくことは、25歳の私が考えるより様々な思いに駆られるだろう。私と彼では持ち物の多さや質が違うわけだし。決断まではとても長い日を要して、数ヶ月も悩んだ末、複雑すぎたその思いが一瞬にしてシンプルになり、最後は会社の上層部の留保にさえ耳を傾けず辞表を書いた。私とその先輩は一年前、私が入社してすぐ一緒に仕事をするようになった。だからとても近い場所で、先輩が退職するに悩む姿やその過程を私は何も言わずに見ていた。

男の人が泣く姿は、見ていて耐えられない。私を悲しくさせて、私の心を打つ。だから見るには耐えられない。その場にいた女性全員もしくしくと泣き始める。私は、私は今は泣いてはいけない、と思った。皆が泣いてるからこそ、自分だけは泣かずにいなければと思った。
泣くことが、淋しさや悲しさを伝える手段ではないと思った。彼は袖で顔拭いながら、少し俯きながら、ひとつずつ言葉をかみ締めている。

この人は、こんなふうに泣く人のようには見えなかった。
強くて優しくて、厳しくて怖かったし、楽しい人でとても信頼できる人だった。
そんな強い人が、別れの悲しみと感謝の気持ちで涙を流す姿を、私は頭のどこかで冷静にも観察しては、驚きもしたし不思議な気分にもなった。シャツで何度も涙をふく姿が、ずっと忘れられない光景になるだろうと、そのときふと思った。その白いシャツが涙で濡れていく様を、鮮明に私の記憶がインプットしてくれている気がした。

目の前で同僚の女の子も泣いている。彼女と私とそして先輩は、よく3人で夜遅くまで飲んでは馬鹿みたいな話しばかりしたり、愚痴を言っては笑いあったりしてよく遊んだ。たった1年だけの3人の付き合いだったけれど、その先輩がよく言っていた。「会社の人間の中で、これほど何でも言い合えた仲間はいないな」って。私もそう思った。出来るだけ会社の人間とはビジネスライクに付き合ったほうが無難だと思っていたのに、これほど親しい人に社内で出会えるとは思ってもいなかった。私にとってこの二人は計算外の産物で、私たちは良い関係で結ばれている気がした。けれど今、そのうちの一人がこの場からいなくなってしまう。手で顔を覆って肩を揺らしている彼女を見ていると、急に私も悲しくて目頭が熱くなった。

もう、会えないわけじゃないのにね。会社を辞めていくってどうしてこんなに悲しいんだろう。その人と自分が親しければ親しいほど、頼りにしていれば頼りにしているほど、その存在が明日から消えてしまうのだと思うと、急に心細くなったり淋しくなったりする。同僚って関係はとても不思議なものだ。あとで先輩からこっそりもらった短い手紙にこう書いてあった。「あいさんは僕がこれまで一緒に働いた人の中で、一番信頼できるパートナーでした」と。それを読んでまた涙が出そうになった。


私が会社を出るとき、先輩と私は普段と変わらず冗談を言ってエレベーターの前で別れた。
「やっぱ、泣かなかったな、あいちゃんは。」と先輩は笑っている。
「泣くものですか。一生会えなくなるわけじゃあるまいし。」
私は、ぐっと泣きたくなる気持ちを抑えた。
本当は泣きたかったのだ。とっても泣きたかったけれど、私はみんなが泣けば泣くほど我慢してしまうタチなのだ。とても損な性格で素直じゃないし可愛くないのだ。私が泣いてしまえば、本当にみんなが驚いてしまうほど、「泣かない強い人」と周りには思われてるんだから。ずっとずっと堪えていた。声が震えそうになる前に手を振って見送られながらエレベーターのドアを閉めた。

そのまま彼の家に帰って、わんさか泣いた。我慢していればしているほど、必要以上に涙は出てくるものだ。彼は笑って、「その涙は、ちゃんとその人の前で流さなきゃ意味がないでしょう。」とも言ったし、「他の男のために彼女が泣くのも複雑だなぁ」とも言った。そういえば、会社を出る前に、他の同僚に「あいさんは、本当にクールですよね。どうしてこんなときでも泣かないんですか?」って言われた。責められていたのかしら? その人の目は真っ赤に腫れていてこちらを睨んでいるのかどうかよくわからなかったけれど。
そうだな。やっぱり泣くことは悲しさや淋しさを相手に伝える唯一の表現なのかもしれない。
私は、本当に損な性格だな。
みんなが泣けば泣くほど我慢してしてしまう。
家に帰っていくら泣いたって、その気持ちはいつまでも届かないものなんだよな。
彼に抱っこされながらずっと泣きながら、そんなことを思った。
よし、今度3人でまた飲みに行ったときは、ふたりの前でわんさか泣いてやる。本当はとっても悲しくて淋しかったんです、って泣いてやるぞ。

私たち3人は、それぞれの環境が違ったっていくらでも会える。いくらでもお酒を飲みにいける。
だって、私たちは年齢やキャリアも超えた厚い熱い友情で結ばれているのだから。
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