days
2004年02月28日(土)  指輪にまつわるお話 2
そして、今日。待ちに待った指輪を受け取りにいく。

久しぶりの外出。東京ってこんなに人が多かったかな。東京ってなんてごみごみしているんだろう。ああけれど、なんだか気持ちが浮かれるなぁ、だってだって、今日は指輪をもらいにいくんだもの。
さて、昨日の彼と連れ立って、デパートへ。さっそくお店に入って引き換え書を渡すと、お姉さんはにっこり笑って、「お待ちしておりました」と言うとお店の奥に消えていった。
わくわく、どきどき。

青いケースに入れられた指輪は、買った日に見たよりも増してきらきらしている。サイズの確認に指に入れてみてくださいと言われて、どきどきしながら指輪を右手の薬指に通してみる。お姉さんが鏡を持ってきて、それに映すと本当にキラキラしていてきれいだった。鏡の中に映っていた彼も指輪を見てニコニコしている。ショーケースに入っているほかの指輪と比べると、とても小さな輝きだけれど、私は本当に満足した。

こちらでよろしかったですねと聞かれて、はい、大丈夫ですと、指輪を返すとお姉さんは早速指輪をラッピングしてくれた。

すると、別のお姉さんが指輪の入ったケースを持って、奥の部屋から出てきて、私たちの前の椅子に座った。私は一瞬、何の用かと疑問に思っていると、手にしていた別の指輪を置いて、「こちらも確認していただけますでしょうか」と言った。え?と言葉に詰まった私は、けれど「それは買っていませんけど」と言いそうになったとき、お姉さんは、「こちら様からのプレゼントです」と言う。驚いて、お姉さんの手をさしだした方向にいた彼を見上げると、彼は先ほどよりももっとニコニコしている。

あ、と思った瞬間、あれよあれよという間に、お姉さんは私に指輪を試すように促し、彼は満足そうに笑顔を浮かべ、そしてそれを素早くラッピングすると、私の手に持つ手提げ袋には、二つの指輪のケースが納まった。


男の人は、こういう演出がダイスキなんだな、と思った。
彼が買った指輪は、あの日一緒に指輪を見たときに、重ね付けしたほうがもっときれいですよと、店員に言われていた指輪。けれど、私はそこまで豪華なものは欲しくなかったし、だいたいお金もなかったので、このシンプルな指輪で充分だと思っていた。その後、彼は私と別れた後、もう一度お店に入りもうひとつの指輪を購入した。さっきの指輪と同じサイズにして下さいと言って。
指輪が出来上がって、私がひとりで取りに行く場合は、お店の人が事情を説明して渡すつもりだったし、一緒に行ける機会があれば驚く君の顔が見れると思って楽しみにしていたという。そしてもし、昨日、私が取りにいけず彼がひとりで受け取りに行く場合は、病室で驚かせる予定だった。でも結局両方の指輪は受け取れなかったので、私が買った指輪と一緒に置いといてもらったんだと、彼はそう説明した。

喜ぶべきか、正直に困惑の表情を浮かべるべきか、私はとても複雑だった。
この人って、鈍感で強引だし、単純でストレートなロマンティストだと思った。
やはり、喜ぶべきだと思った。彼がそう望んでいるのだから、喜んで見せてあげなければと思った。驚いた顔をして、けれど笑顔を見せてあげなければと思った。本当は、慌てていたし困惑していたけれど。

ありがとうと言って、私は早速指につけてみた。ふたつ一緒に。

けれど、これを貰ったら、私はこの人と付き合わなきゃいけないってことかしら?とか、なにか代償を支払わなければいけないのかしら?とか、なんだかそういう計算高い?ことばかり考えてしまって、どうしようどうしようと、どうにも薬指が落ち着かない。
彼に貰った指輪は、シンプルだけれど細かい石がぎっしりと並んでいて、私が買ったものよりも強い輝きを放っている。

これからどうなってしまうんだろう。私は彼からの指輪を貰わざる得なかったし、彼はとても喜んでいる。ただの友人の女性に指輪を送るなんてどう考えても不自然だし、それに目を背け続けることも難しくなってきた。さて、どうしようかどうしようかと、私はただおろおろするばかりだけれど、これが事実なんだ。私はいなくなった恋人を思い返して毎晩泣いているのに、けれど昼間は他の男性と微笑み合いながら指輪をプレゼントされる。何かを言い訳にして自分を納得させようと必死に取り繕っている。これが事実。隠すことも目を背けることも出来ない事実。

そして、本音はこの目の前の流れになすがままに飲み込まれてしまったとしても、それはそれで致しかたないことだと思っている。断りきれなかったという自分自身への言い訳が、どんどん募ってくる。目の前の流れはとても早くてとても力強くて、とても情熱的だろう。


いなくなってしまった恋人は、どこか遠くへ消えていってしまった。それに対して私はいつまでも拘り続けていたかった。けれど、運良くなのか運悪くなのか、次の恋愛は終わった恋の余韻を間延びさせることもなくどんどん迫ってくる。それはもしかしたら、私と彼らがそういう巡り合わせなのかもしれないし、そういう運命を私が持ち合わせているのかもしれない。
「ずっと忘れられない恋」が終わったら、「終わった恋を忘れるための恋」がやってきて、そしてまた「ずっと忘れられない恋」をして、「終わった恋を忘れるための恋」がやってくる。そのサイクルを私は死ぬまで続けては、誰かを傷つけたり自分が苦しむことになるのかもしれない。

けれどそれはどうしようもないことだもの、と自分に言い聞かせ、逃げ場所を確保しておく。私はこれからもずっとそんなことを繰り返していくのだと思う。


このことで、ひとつ学んだことは、やたらに男性と一緒に宝石を見に行かないということ。
そしてこのことでわかったことは、確実に彼はこの一線から一歩こちらに踏み出し、今の私には彼を遮る言葉など言えなくなってしまったということ。
Will / Menu / Past