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2004年02月10日(火)  女は男に泣かされる
今日は、すっかり遅くなってしまい、終電で異母兄の自宅へ帰る。
時刻は、午前1時。

ドアをあけると、玄関に女性の靴が。誰かお客さんかしら? でもこんな時間に? 自然と足が忍足になる。リビングのドアの向こうに人の気配。ソファーに座る女性の横顔が見える。その隣に兄が腰掛けて、なにやら話している。重い空気が流れているらしい。

わざと、「ただいま〜」と声をかけると、その女性は慌ててソファーから立ち上がる。見たことのない女性。兄の友人かしら。「こんばんは」と挨拶を交わして、女性は無理ににっこりと笑ったけれど、でもいまはもう深夜なんだから。にっこり笑ってこんばんはという時間かしら。一体、ふたりは何をしているのかしら。兄の顔は何かを言いたげな様子。

ふぅ〜ん。
なんだか深刻な話をしているのね。はいはい、お風呂でも入ります。

脱衣所で服を脱ごうとしたとき、やはり兄たちの話し声が聞こえる。女性のほうが少し声を荒げていて兄のほうは冷静に一言一言、重い言葉を搾り出すように話している。
揉めているの? 縺れているの? 泣いているの? 困っているの?

リビングを通らず、自分の部屋に入る。
電気もつけずに、スーツをハンガーにかける。携帯でメールのチェックをする。
扉の向こうは、まだ話し合いが続いている。時刻はもう2時。

テレビを見ながら横になっていると、ガチャンと音がして玄関のドアが閉まった。
リビングはとても静かだ。
ドアを開けて台所に行って水を飲む。
どこか頭の隅で引っかかるものがある。どこかで会っただろうか。どこかで見かけてだろうか。あの女性を。何かが引っかかっている。兄は無言で新聞を読んでいる。新聞が逆さまになってないか、後ろからちらっと確認する。大丈夫、動揺はしてないみたい。

小さめの食器棚の壁にぶら下がっている、収納袋が目に入った。中には年賀状や葉書が入っている。一枚の葉書が飛び出している。
いや、私は見ようとはしてないよ。ただ見えただけだし。別に詮索してない。別に探ろうともしてない。ただ、その葉書が私になにかを知らせるように飛び出ている。だから、私はそれを手に取っただけだ。

『結婚しました』
という題名で白いウエディングドレス姿の女性と燕尾服を着た男性が、にっこり微笑んでいた。とてもきれいな花嫁さんだ。とてもきれいな花嫁は、その葉書の片隅に「元気で居ますか」と書いていた。
先ほど、ここを訪れた女性とその花嫁は同一人物だった。
私は、この葉書をどこかで見かけて記憶の片隅に引っ掛けていたのだ。

リビングのテーブルには、兄のハンカチが置かれていた。きっとそれは、あの女性の涙で濡れているのだろう。兄はまだ新聞を読んでいるままだ。テレビをつけてバラエティ番組を見た。大きな溜息をついて兄は新聞を折りたたんだ。
「参っちゃった」
と、兄は言って私の様子を窺っているように感じる。
んー、参っちゃった…、参っちゃったねぇ…。


「やっぱり女は、男に泣かされ続けるもんなんだねぇ」
私がそういうと、兄は少し笑った。
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