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| 2004年01月31日(土) 白い病室 |
| こんにちは、と彼はうざったらしい笑顔を私に向けた。 そのとき、私は周りのみんなに怒っていた。本当は私が悪いのに、それを周りの人に擦り付けて悪者にしようとしていた。私がどうにかしたらすべて解決できそうな問題ばかりが、ここ数日の私を悩ませ続ける。 想像していた通り、白い壁に白いドア、白いカーテンに白い椅子。背もたれに私はたっぷりともたれて、口を閉じていることさえも億劫だった。そして目の前にいる彼でさえ私の想像通りで、白衣は着ておらず、医師には見えないただの服を着て右手は机の上のカルテに添えられている。 すべてにうんざりする。 泣きっぱなしの私の顔は、目も腫れているだろう。鏡を見たくない。だれの顔かと自分でも一瞬戸惑うかもしれない。目の前の彼は、聴診器もあてない、注射器も取り出さない。ただただ、どうでもいい話しをする。他愛もない話し。その会話の端々に医師は私の心の中をのぞこうとしている。そうかんたんにのぞかせるものか。 医師とは、数年前に初めて出会った。その嘘っぽい笑顔が私の神経を逆撫でる。 ここから逃げ出すタイミングを私は計っている。その話しが終わったら私は椅子から立ち上がろう。医師がカルテに書き込み始めたら私はドアを開けて走ろう。けれど、私の背後には男の気配がする。兄が私の背中を見つめている。兄は私の背中を見つめる。私は兄の視線を感じる。息苦しい。 別室に通され、腕に注射を刺され、血液を抜き取られて、その刺したあとを抑えているようにと言われる。私は押さえている振りをしておさえなかった。小さく赤い点がみるみる広がる。何かを侵食するように少しずつだが確実に広がり続ける。腕を伸ばすとぽとりと赤い玉は転がり落ち、私の太ももに着地した。周りにいた人間が騒ぐ。 1時間後に私たちはタクシーを拾った。 うちに帰ってベッドで目を閉じる。眠りを欲しているのに眠ることは出来ない。なにか大きな壁を私だけ越えられないような、取り残された気分になる。みんなは、その壁に吸い込まれるように苦労もなく眠れているのに、私だけ何度チャレンジしてもその壁にはじかれる。自分が大きな壁によじ登る姿を想像した。 想像の中でも、私は他の皆に遅れをとって、みんなが上から私を見下ろして笑っているような気がした。 壁は私に倒れ掛かってきたのか、私は壁を越えることが出来たのか。浅い眠りについたのを頭の片隅で感じることが出来た。 突然、規則的に雷のような轟音が聞こえてくる。遠くから微かに、けれどすぐ近くで。 フローリングの床の上で携帯が振動している。私はまだ夢の中にいるような気がしたまま電話をとる。 楽しそうに弾ける彼の声。私は、まだ夢の中で、だから、私はまだ彼の恋人だったころの夢を見たままで、そんな気がして彼の声に耳を澄ませる。誤った方向の電車に乗ったためにどうやって帰ればいいかわからなくなったと、彼は早口に興奮して、そう言っている。どこの駅にいるの?私の頭は重い。まだ目が開かない。私はいま落ち着いているけれど、なぜか私の態度はよそよそしく、彼の声を待つ。私は、彼に、彼のうちまで帰れる路線を説明した。電話を切って、ようやく目が覚めた。 兄の名を呼ぶと、開いたままのドアの向こうで兄はマグカップを持って立っていた。目が合って、私は眠っていたかどうか、たずねた。兄は頭を縦に振る。どれくらいの時間を眠っていたかとたずねると、1時間くらいと答えた。いま、別れた恋人から電話があったのと私が言うと、兄は笑ってまだ寝ぼけているだろうと言った。 いなくなった恋人は、今朝私の部屋を訪れて、私は泣き通しだった。私は感情の思うままにしか話すことが出来なかった。とても錯乱した。話し合いにもならないよと彼は出て行った。彼は、ただキミの気持ちを僕にぶつけたかっただけでしょうと私の目を見つめて言った。私は彼が出て行った部屋で座り込んでいたけれど、やはりドアを開いて彼を呼びとめようとした。私がドアを開くのと彼の乗ったエレベーターのドアが閉じたのが同時だった。その後、私は眠り、彼は私に電話をした。外はもうすでに真っ暗になっていて、兄が食事の用意をした。悲しくないのかとたずねたら、悲しいわけないじゃないかと言った。 別れた恋人は、別の女性と手を繋いで別の女性とキスをする。そして私に電話をする。もしかしたら、彼女に電話をしたけれどつながらなかったので、仕方なく私に電話してきたのかもしれない。知らない駅で。どの電車に乗れば帰れるのか心細い気持ちで。そうやって、私は自分が傷つかないような言い訳を考えておく。身が引き裂かれるくらいの嫉妬も被害妄想的な惨めさもあるけれど、それ以上に思うのは自分が自分で嫌になること。そうやって身を守るための言い訳をいくつ自分に言い聞かせてきただろう。自分にウンザリする瞬間は、こういうところなのだろうと思う。 胸が痛い。 |
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