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| 2004年01月24日(土) 休日の午後 |
| 休日の午後。携帯電話が鳴る。 「今日なにも予定ないでしょう?」という兄の声。年末に実家で一緒だったとき以来の声。 「はぁ…。別にありませんけど。」今日の夕方、兄の家にお客さんがくるので、某有名和菓子店のお茶菓子を買って来てくれとおつかいを頼まれた。面倒くさあーいと言うと、兄はなかなか義理にかたい男なので、世話になった人のためにそれぐらいしないさいとのこと。そうそう、私も知っている人なんだけど、別に私がわざわざ兄の家に行って顔を見せるほどでもないだろうけどなぁと思いながらも、早速支度をして和菓子屋さんに出かけた。 兄の家には大勢の人が集まっていて、その中には3人のお客さん。「まぁ、あいちゃん大人になっちゃってぇ」と言われると以前会ったときは、確か3年前だったからそんなには成長してないんだけどなぁ…と思う。愛想笑い、愛想笑いの連続でやっと開放してもらえると、私はそそくさと隣の家のチャイムを押した。兄の家は一階が兄の仕事場なのだけど、二階にはふたつの家が並んでいる。もう片方の家には兄と一緒に事務所をつくったK君が住んでいる。 K君は寝起きらしく、頭はボサボサだ。お土産のアイスを見せると喜んで中にいれてくれた。 隣に行かないの?と聞くと、うん、シャワー浴びてから行くわ、と言ってコンタクトを入れ始めた。 アイスを食べながらテレビを観る。他愛ない話をしてフットボールの試合を見る。彼が台所からミネラルウォーターをとってくる。背後から私に近づいてくる。私の脇から腕を伸ばしテーブルにコップをふたつ置く。テーブルの反対側に座って水を注ぐ。テレビの音だけが響く。カーテンからは外の光が漏れてくる。向いの道にたっている木が揺れている。部屋に落ちた影が揺れている。彼がコップに口をつける。シャワーを浴びてくると言って腰を上げた。隣の部屋に入って着替えを手に持って出てきた。彼の鼻をすする音がする。彼が歩いていくとフローリングが静かに軋む音がする。ドアが閉まり彼はバスルームに入った。 水を飲もうとすると息があがってしまう。呼吸が整わなくて飲み込むことが出来ない。心臓が破裂しそうになる。私はなにかしらの理由でいま緊張している。彼の一挙手一投足で息が止まりそうになった。何があったわけでもなく、何を言われたわけでもない、ただこの密室に男性とふたりでいるという事実に、途端に私はおろおろして鼓動が高まり、外の風景があんなにも開放的なものなのに、この室内には彼と私だけの二酸化炭素しかないのではないかと思うと、息苦しくなり呼吸が乱れた。耳を塞ぐと自分の心臓の音が急に音量を増して聞こえてきた。目を閉じると瞼の裏側で光が飛び交っているようで眩しかった。私の足は折り曲げて体にぴったりとくっつけているつもりなのに、だらしなく床を滑って、それは伸びきってしまった。引き戻そうとしても力なく足は伸びるばかりだ。心の中で叫んでみる。金切り声をあげてみる。口からは声にならない息だけが吐かれている。 彼は、私が東京に来た頃からの知り合いだ。兄の親友であり仕事仲間であり、隣人である。ずっと可愛がってもらったと思うし、何度も食事に行ったし飲みにも行ったし、こうやってひとりで遊びに来ることだってあった。けれどそこで何か嫌な思いをさせられたわけでもない。この人は私の兄の延長上にいる人であり、だから彼と私のあいだでは何も起こってはいない。何も起こっていない何も起こっていない、それは頭の中でわかっているのだけれど、どうしても気持ちが高ぶってしまってそれ以上のことを考えられない。落ち着けない。ここにふたりっきりでいるということ。それがとても怖くて死んでしまいそうだった。 それは、相手が特定の誰であっても、そうでなくても、私は時々そうなってしまう。異性とふたりきりの密室で呼吸をするということ。段々と胸が苦しくなって体中の力が抜けていく。何か危害をくわえられるのではないかという不安。何かされるのではないかという妄想の上で成り立つ恐怖。 いつかのあの日、ベッドの上に叩きつけられた夜を思い出し、好きだった人があれほど脅威の力で私を引っ張ったことを、ずっと思い出していた。この人も力にものを言わせて私を叩きつけるの?気に入らないことがあったら言葉ではなく力で黙らせるの?好きだった気持ちは消えてしまってそれは憎しみや凄まじい腕力に変わってしまうの?男の人は強くて女の人は弱いの?私はこれからどうなってしまうの? 価値観が変わっていきそうな気がして、 自分が自分ではなくなるような気がして、 昨年までの自分は死んでしまったような気がして、 男の人が怖くて、 人が怖くて、 私は、走ってうちに帰った。 |
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