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2004年01月06日(火)  ミッドナイトコール 〜渡部潤一
ミッドナイトコール 最後の約束

「トゥルルル……」
深夜の十二時のラジオの時報と同時に、たった一回だけ鳴って切れるミッドナイトコール。今日で七日目。
テーブルには、いれたばかりのコーヒーのよい香り。カップを手にした僕は、切れた電話に向かってつぶやく。
「おめでとう。おしあわせに。」

もう一年以上も前のこと。彼女と最後の約束をしたのも、この電話だった。
「本当にこれでさようならだね?」
「………」
うつむいた彼女の姿が目に浮かぶような沈黙。そして、声にならない。これ以上、泣かせちゃいけない。
「ほら、覚えてる? いつか冗談で言ったろ。別れる時がきたら、お互い笑いながらさよならを言おうって。おまえ、本当に怒ったよな、あの時。もう何年も前になるようなあ。出会ったころだよ。なつかしいよな」
「ええ」
再び重苦しい沈黙。その重さに耐えかねて僕は切り出す。
「僕はもう君に言いたいことはすべて言ったよ。今まで君とすごしてきた時間、大切に心の中にしまっておくよ。本当に楽しかった。ありがとう。別れるときって、意外に素直になれるもんだね」
「待って。ひとつ、お願いがあるの」
「なに?」
「もし、あなたが誰かを愛して、結婚することになったら、電話が欲しいの。いいえ、コールだけでいいわ。話すのは辛いから。それとわかるように、そう、ちょうど深夜十二時に一回だけコールするのよ。それならわかるでしょう?」
「だけど、いなかったら伝わらないよ。寝ているかもしれないし……」
「結婚前の一週間、毎日かけるのよ。それならなんとかわかるでしょ?」
「了解。君らしいアイディアだね。じゃあ君が結婚することになっても……」
「ええ、あなたへ一週間、毎日コールするわ」
「わかった」
「約束よ」
「ああ、約束する」
「あなたには、こんなふうに、いつもわがままばかりきいてもらったわね。本当にありがとう。最後までわがままでごめんなさい。それじゃ切ります」
「うん。さよなら」
切れたあとのツーツーという電気音が悲しくきこえた。

彼女が結婚するという噂をきいてしばらくしてから、約束のミッドナイトコール、たった一回だけの呼び出し音が鳴るようになって、今日で七日目。明日はウェディングドレスに身を包み、幸せな笑顔をふりまくに違いない。だけど、その隣にいるのは僕じゃない。
彼女との思い出のなつかしさに、少しばかりの嫉妬がほどよくブレンドされて、今夜のコーヒーはいつもよりほろ苦い味がした。

著者:渡部 潤一
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