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2004年01月01日(木)  寒い日の星空
今日から2004年が始まる。
私にとって最悪なスタートとなった。けれどもちろん、それはすべて私自身が招いたことなのだけれど。

夕方から、中学の幼なじみである女友達ふたりと飲みに出かけ、話題はそれぞれの仕事の愚痴を中心にして進み、話が深まるにつれ酒の量は多くなり、それほど、酔いが深くならない私だったのに、あっという間にグデングデンになってしまうと、途中で話題はありがちな恋愛話しになっていく。私はあまり自分のことを(自分の恋愛を)人に話すのは好きではないので、ずっと聞き役に徹していたけれど、頭の中に浮かぶのは、突然別れを申し出た彼の顔ばかりだったりする。

携帯電話に男友達から電話が入り、いま近くの店で飲んでいて男ばかりでつまらないからこっちにおいでと言う。
田舎は狭い。数軒しか居酒屋がない中、どこかの店には必ず知り合いが飲んでいる。早速、皆が集まる店へ場所を変えて飲み直した。中学の頃の同級生、その同級生たちの友達、知っている懐かしい顔、初めて会う顔なども含め、ざっと10人程度で賑やかにのむ。

すぐに店を出てカラオケボックスに入った。
カラオケはあまり好きじゃない。今ははしゃげる気分でもなかったのだけれど、とりあえず店から出た流れでついていった。その中にミスチルをうまく歌う男の子がいて、彼は私の好きなミスチルの歌ばかり歌う。その曲を聴きながら、こんな夜を思い出した。彼の肩に顔をくっつけて、私は言った。「ふたりの思い出の曲が欲しい」と。彼は言った。「思い出は作るものじゃなく、別れた後に残ったものが思い出になるんだよ」と。

「ミスチルすき?」
と、歌い終えた隣の彼に聞くと少し照れた顔。目もあわさずに私に話し掛けられたのに緊張した顔で、
「うん、すき」 と答える。
「一番好きな曲、なに?」と聞いたら、うーんと難しい顔をして「シングルカットされてないアルバムの隅に入ってるような曲」と答える。「じゃあさ、“つよがり”とかは?」
「大好き!」

彼は、今日会ったばかりで居酒屋ではあまり口もきかなかったのに、“つよがり”歌ってみて?と言うと少し緊張しながら唇を引き締めて分厚いカラオケ曲本の中から、その歌を探しはじめた。
かわいいなと思う。
私に慣れなくてたどたどしく話す口調と、歌っている声は別人のように思える。

外に出ると周りの店はコンビニくらいしか開いていない。幹事役だった私の幼馴染が、「次、どこ行こうか?」と聞いてくる。彼の吐く息は白い。カラオケに入っても飲み続けていた私は本格的に酔っていた。地面がくらくらと回る。ミスチルの子に支えられる。帰りたくなくなる。どこか行きたいと耳打ちする。ふたりでこっそり抜けた。

タクシーに乗る瞬間、「本当にいいの?」と話し掛けられる。そんなことわざわざ聞いてくれなくてもいいのにと思いながら、半分眠りながら何度も頭を縦に振った。どこか行きたい。どこにもいたくない。車をおりて暗くて細い道を手をひかれながら歩いていく。一体どこへ連れていかれるんだろう。辿り着いたところは、大きなコタツのある家。親たちは向こう側の家で寝ていて、ここははなれになる。だから誰もこないからゆっくり寝ていいよと、彼は言う。
まじまじと彼の顔を見た。
私の好きだった人とは違う顔。
鼻筋がきれいにとおっている、本当に小さな顔。胸板は薄っぺらくて同じ歳の子とは思えなかった。目が澄んでいる。
女の子と話すのが苦手みたいに、ゆっくりと言葉を選ぶようにして話す。話し終えると、唇は真一文字に結ばれる。
居酒屋で何度も話したことだろうに、私にも一度は話したはずだろうに、どんな仕事をしているの?いまは東京にいるんだったよね?いつもどのへんで遊んでるの?その質問に確実に着実に誠実に彼は答えていく。

彼は多分、自分からは何もしない。私が何か言わなければ絶対何もしない。そういう確信と並行して、きっと彼が私をここへ連れてきたのは、私が強引すぎたからだろうと思う。彼は自分からは何もしないだろうから。
私は一体ここで何をしているのだろうかと思う。一体誰と一緒にいるのだろうかと。
この人は何もしない。自分からは何もしない。私が誘わなければ何もしない。それはなぜだろう。どうして何もしないのだろう。なぜ。いやいやながら連れてきてしまったのだろうか、どうでも良かったのだろうか、別にたいして何も思っていないのだろうか、私に魅力が無いからだろうか、だから、いなくなってしまった恋人も私に飽きたのだろうか。魅力が感じられなくなったのだろうか。一緒にいてもいなくてもどっちでも良くなったんだろうか。どうでもいい存在になりさがってしまったんだろうか。

そんな疑問系の思いがぐるぐる頭の中を回り続けるけれど、怒りや悔しさや悲しみや辛さなどという、感情は微塵も浮かんでこず、ただただ複雑に絡み合った自分の感情をひとつずつ取り出して頭に浮かべることしか出来なかった。誰に対しても、何に対してももうなんとも思わないような、一切感情を持たないようなロボットでいられたらいいのに、と思う。

静かな沈黙が、ふたりを緊張させているように思える。

眠っているのだろうか、起きているのだろうか、どっちともつかない時間が流れて彼の顔を見上げると薄っすらと開いた彼の目とあった。何やってんだろうと、私は天井を見上げた。

陽が昇るまでには家に帰っておかなければいけない。
彼の車が誰も走っていない道路を走り抜ける。まだ暗い空に星が満点に光っていた。
「東京ではこんなふうに見えないよね」
東京では、一度だってこんなきれいな星空は見たことがない。
「あれがオリオン座。」
私の知らない星座を他にもいくつか、彼が指をさして説明してくれる。さっきまでの緊張したような話し方や態度はいつの間にか見受けられなくなった。本当に可愛らしくて、子供のようだ。
海が見える場所を、車を走らせながら少しずつ私の家に近づいていく。
「東京で会える?」と彼は言った。多分、会うだろう。
東京にいる地元の友達は私が思っているよりたくさんいて、今度集まって飲もうといっていた。そこで会えるだろう。「今度、みんなで集まろうって言ってたでしょ。そこで会えるよ。」
彼がどんなふうに私と会おうとしているのかなど、あまり考えようにした。

寒くて寒くて、とても空しくなってくる。どうして私生きてるんだろうって。

彼のトレーナーのにおいは子供のにおいがした。
小声でまたねと言って車をおりる。静かに車のドアを閉めて真っ暗な家に戻る。時計を見ると午前五時をまわろうとしている。鏡をのぞくと目の下に隈が出来ていた。何をするわけでもなく、会ったばかりの男の子と一晩を過ごした。
「何やってんだろう。」と、声を出して言ってみる。隈は相変わらず、そこにある。少し中空を眺めて朝が来るのを待った。

数時間も眠れず、朝から本を読んでいる。

ふと思うのは、昨晩一緒に過ごしたあの彼の名前は、なんて名前だったろうと思う。一生懸命思い返してみるけれど、なにも思い浮かばない。名前さえもわからず、電話番号も交換することも無く、だからきっともう会うこともないのかもしれない。
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