umityanの日記
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2004年11月15日(月) 子猫の「もこちゃん」が家族になった。

今日一日も、つつがなく過ぎたが、秋の空はなんとなく物悲しく、心はいまいちすぐれなかった。すこぶる元気なのは、最近もらってきた子猫の「もこちゃん」くらいか?。山ノ神がつけた名前である。いまだにその名前が付いた発想の原点が分からない。まあ、いいか。やたらと、小さな歯で、手にかみついたり、足にまとわり付いたりする。要するに興味あるものには恐れを知らず、なんにでも、喰らい付いていくわけだ。「だぼはぜ」みたいだぜと言うと、山ノ神が、腹を抱えて笑った。今、成長期で、歯がかゆいのだろう。もしくは、本能的に獲物をとる訓練をしているのだろうか?。

子猫のしぐさも、人間の赤ちゃんのしぐさも、ちっとも変わらないなーと思った。遺伝子の数も、人間とたいして変わらないとすると、発達の初期段階では、皆、同じしぐさや、行動もとるのかもしれない。そちらの専門ではないので分からないが。一暴れして疲れたら、僕の胸の中に飛び込んでくる。温かい胸の中は、安心できるねぐらなのだろう。ネコもさるもの、ひっつかくものだ。最適な環境がどこであるのか良く知っているわけだ。困るのは僕。両手を使えず、まさか、この子と一緒に、昼寝と言うわけにもいかない。

仕方なく、「よしよし」と、「子守ネコの歌」を口ずさみながら、しばらく行動を共にすることになる。寝付いた頃、山ノ神を呼び、バトンタッチだ。やれやれである。人間はもちろんだが、どんな動物の子でも種類を問わず、小さい頃はかわいいものだ。

ただ、本質的には僕は「大人のネコ」がきらいである。大人になったネコは、どうも根性が悪いようだ。都合の良いとき、特におなかがすいたときは、「猫なで声」で、まとわりついてくる。こちとらが呼んでも、興味がなければ、ただ一瞥をなげるだけで、そっぽを向いている。「猫なで声」とは女性の専売特許みたいに言われているが、果たして、人間様もそうなのか?。「猫なで声」に出会うと、背筋が「ぞーっ」とする。まあ、これ以上は言及すまい。

ただ、言えることは、愛情のかけしだいで、人間も動物も、それなりに育つと言うことだ。お互いの立場を良く理解して暮らすのならば、共同生活も、うまくいくのだろう。大人のネコが僕に冷淡なのは、僕が大人のネコに対して、そんなに愛情を注いでいないということの表れなのかもしれない。
分かっちゃいるのだが・・・・・・・。
どうしても、死ぬまで主人思いの「犬」のほうに愛着を感じてしまう。犬との共同生活の方が長かったからかもしれない。

いずれにしても、我が家の一員となった、「もこちゃん」である。僕もそれなりに、愛情を注いで育てようと思っている。果たして、どんな大人ネコになるのやら。毎晩の「猫なで声」だけは勘弁してもらいたいものよ。


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