ちょっとひさびさに音楽考。
とはいってもこむずかしいことは私には似合わない。ヴィブラートについて考えてみたが、どうも考えがいまいちまとまらない。
いまやっているサックスでは、ヴィブラートは必需品だろう。しかし、クラリネットはというと、クラシックの世界では基本的にかけない。理由はよくわからないが、どうもヴィブラートなしでも音が美しいからとか。ほんとかどうか定かでないが。 でもジャズ・クラリネットではかけまくりである。管楽器でノン・ヴィブラートはめずらしい。
ヴィブラートがなぜ必要なのかという論議は評論家にまかせておけばいいが、実際に聴いてみればよくわかると思う。 ヴィブラートがあれば音に深みが出るし、なんといっても感情表現が豊かになってくるように思う。演奏する者にとっては、ヴィブラートをかけたくなるのだ。
弦楽器でも同じである。ヴァイオリンは当然だが、ギターでも歌わせるところは自然と指がヴィブラートをかけている。 どうやって?ヴァイオリンと同じように指を揺らせばいいのだ。開放弦は無理だが。フレットがあるので、弦長が変わるわけではないが、弦の張力が変化して音程が揺れるのである。
さて、それじゃあサックスはどうか。これにはちょっと苦労した経験がある。ヴィブラートは無理にかけるものじゃない、自然にかかってくるんだ、という考えがある。そう思って自然にかかるのを待っていた。しかし、かからなかった。練習量が不足していると言われるかもしれない。しかし、そんなにあり余るほど時間はないのである。 けっきょく、ヴィブラートをかけた。いわゆるあごでアウアウとやったわけである。今も変わりはないが、ヴィブラートは十分かかっていると思っている。本来の自然のものではないかもしれないが、それに近づくステップとして十分だ。
恵さん、がんばって・・・。
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