人の群の中に紛れていて気付いたことがある。 まわりの人間を「見て」認識はしているのに, それ以上の認識はしていないということに。
見えてはいるけれど,「在る」という感覚とは違う。 映像を見ているのとあまり変わらない。 そこまで認識力が希薄になったのか。
見えているだけなら,現実としての意味を持たない。 そこに在るからこそ,意味がある。 けれど――僕にはただ見えているだけの映像だ。 感情や意味を伴った現実感から,ずれてしまっている。
現実の捉え方は,自分と社会との距離感にある。 つまり,相対的な距離こそが絶対。 社会との距離感がつかめない自分は,きっと, 自分自身の在りかたが不明確なんだろう。
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