2010年09月26日(日)
今の心境を聞きたいかと思いまして……


 千秋楽から二週間が過ぎました。


 って、まだそれだけなのって気分で一杯です。
 その間のゆらぎ(!)とか今更ながらのデレとか(!!)もうついったーでさらしている通りなんですが……。


 えー、だってー、退団したからって話をしちゃいけないって、ないじゃんねー(何口調)(笑)。


 ひとことで言ってしまえばさびしいのだと思います(告白)。
 でもつらいかと聞かれればそうではないし、むしろ思い返す度にぎゅっとするけど幸せにもなれる。
 相変わらずヅカでバカ話も妄想もできるし、ついったSSも書いているし花組さんもすでに初見を終えていますし(これはあとで改めます)。

 けれどもこの自分の中にすうっと膜がはったような、さびしいきもち。ぽかり、と大きな穴ではなく、細かいメッシュで穴があいたかのよう。だから大きな喪失感もないけれど、じんわりとくるような……ええ、痛い子ですね。
 でも、それだけのものを受け取っていたしなぁと本気で思うし、そうやって細かいメッシュで取り除けなくて共存していくような、でもそれも悪くないなと思っています。

 あとねー、やっぱりトップさんだったって事が大きいね!(声でかいよ)
 あれだけの露出があったから、「いなくなった」って感じる露出も多いのです、よ。大真くんの時は見送った後、さびしさを持て余しながら、その存在をどこか遠くの事のように思っていたけれど、ナツキさんとはもう少し近いところにその存在がとどまったな、と。
 でもそれも悪くないと思っています。






 千秋楽近辺のレポを残そうと思っていたのですが、ちょっと無理そうです。なんというか、あの日一日が大きなかたまりとして自分の中に残って、細かい描写も何もなく、ただ「しあわせだったなぁ」という風に思っているのです(そう思うと、もりもりメモを残したムラ楽とは、まあ当たり前なんだけど、心持ちが違ったのだな、と)。
 それでも何かを残したい気持ちもあるのです。
 決して消えないものだとわかっていても。

 なので、そんな悪あがきの千秋楽スケッチ。レポでもメモでもありません、スケッチ、いっそスクラッチ?ひっかき傷のように、私が感じた断片を残しておこうと思います。



[ナツキノート:千秋楽スケッチ]


 今回、本当にありがたく恵まれていたのは友人各位の尽力のおかげで、東宝千秋楽を当ててもらえたこと(しかも自分的にありえないぐらい良席で)。これはもうほんと感謝をしてもしきれなくて。当ててくれた友達の友達、だけじゃなくて、いろんな人に協力していただけて、皆さんの力で運を引き寄せたのだなあと思っています。
 もちろんチケット面だけじゃなくても、私を気遣ってくれたお友達、ここやついったを通して「想い」を寄せてくれた方々、本当に「出会ってくれた」すべての人に感謝を。
 スピリチュアルな話をするつもりはないのですが、本当に多くの人の力を借りることができて、こうやってお見送りできたのだと、すごくすごく実感しています。



※以下、本当に順不同です。時系列がごちゃごちゃ。前楽〜大楽まで感じたことを。



・ありがたいことに、ムラ東宝で前楽・大楽を見ることが叶ったのですが、ムラの前楽が一番芝居が「走って」た印象で、後はナツキさんの言う「平常心」だったんじゃないかな、と。

・そしてこれもありがたいことに、さよならショーをコンプリートできた訳ですが、観る度に自分の印象が変わっていって。「これは再演?」と少し微妙に思ったムラ前楽から、東宝大楽では、本当にミズナツキの完成形だなぁと。同じ役をもう一度やることが当たり前だけど当時の再現ではなくて、今のミズナツキが演じる最大限、それを目の当たりにできて、そのことに震えました。

・だから当時を思い出してという感傷より、ただただ圧倒されていました。特に大楽はオペラなしで観ることができる位置で、その姿をまざまざと焼き付けることができて。

・少しだけ当時を思い出したのが、ソロモンの「風の葬列」。あの作品が、東宝で一番通った作品でした(最後の一ヶ月半公演だったしね)。その同じ劇場で、同じもの(でも違うもの)を観ているという不思議な感覚。

・ムラの初見の時は、なんだかすごく寂しいさよならショーだな、と思っていたんですね。最後、組子に見送られることもなく、ひとりせりあがっていくナツキさんを観ているのがつらかった。でも最後にはそれでよかったなぁとすごく思えて(そもそも最後はひとりでせり上がり!がナツキさんのリクエストであったと知ったからもあるのだけど)。

・ムラ初見の時に寂しくてそしてつらいな、とおもったのがやっぱり「灰の水曜日」だったこと。……あの公演は、誰もが辛かったものだと思うのです(もちろん一番辛かったのは渦中にいたかたであることは重々承知です)ただ、誰が誰よりという比較の前に、大なり小なり、みんな痛みを感じていたと私は思っています。(もちろんそれを上回る楽しさも幸せもあったのですが)。

・だから最後が「灰の水曜日」、私はそれに最初はちくりと胸が痛んだのですが。でもあの歌詞はあの時もそして今も、ただ優しく慰めてくれているのだなぁと。当時あの歌詞は、ユミコ氏メイトを慰めると同時に、私たちを、そしてナツキさんを慰めているのだと思っていました。そしてそれが最後に、ナツキさんからまた私たちに送られたのだな、と。それは確かにあのとき、雪組にかかわった全員が共有した「痛み」と「癒し」だと思ったので。

 朽ちることなく 色あせもせず 輝き続け 消えることなく

 最後の最後に、一番の癒しだと思ったのです。最後の最後に、すべてへのメッセージだったのかな、と。





(すみません、スケッチのはずが漏れました)
(言葉は十分に選びましたがお気に触ったら許してください……)



 気を取り直して!て!


・前楽メモ。最後にカーテンコールで並んだ退団者。前楽仕様なので衣装はさよならショーのまま。隣に立つみなこが微妙に距離をとっているのに「なに離れてるの」とつっこむナツキさん、しばらくして、自分の衣装の雉羽がみなこにささっていることに「あ、」と気づくナツキさん。それムラ楽のシンビジウム花束刺さってたのと一緒(笑)。みなこが雉羽よけながらナツキさんに近づこうとしていたのがかわいかったです。

・あと前楽もカーテンコールが何度が続いて、それでもう前楽で言っていた「日本各地、世界各国からロックオン」ではなくて普通に「見守っていてください」になっていたのが、なんか印象に残ってて(ああもうネタをする余裕はないわよね)(そんな印象?)

・前楽カーテンコールの最後に幕前に出てきてくれて、ここでも「今の心境を聞きたいかと思いまして」とムラ前楽と一緒のことを(笑)。何度も何度も言っている、本当の千秋楽を平常心で過ごすために、今までの千秋楽を過ごしてきた、だから「明日、その成果が出ます」。成果って(笑)。

・大楽。入りから言ってきました。本気白装束の35歳(笑)。半笑いがとまらない、誰かつっこんでーと日比谷にむかったらまんまとオトモダチに会って、勝負服を見せられて、満足。

・ちょうど79期のみなさんが楽屋入りするのが見えたのですが、しぃちゃんにひとり「47!47!」と盛り上がり(こういう人が会活動をしてはいけないと思うの)。

・ムラの楽入りに「だってみんな白なんだもん」と黒で来たナツキさん、東宝も大方の予想通り(笑)「黒」でした(黒のジャケット、パンツ、インナーが白)。っていうかあんまりにも普通に自然に車がすーっと入ってきたのでえ?え?とびっくり。もうちょっと溜めようよ(笑)。

・ひととおりお手降りで回って、劇場入り口前に戻って、指一本たてて「あと一回」を表して、ちいさくガッツポーズをして「がんばります」のジェスチャー。前の日の出でも同じジェスチャーをしていて、なんか、妙にぐっときてしまったり。

・入り口の白い花のアーチに思わず「おお」と素で見上げていたのがかわいかったです。

・劇場ロビーでは組子たちが階段に並んで卒業唱歌「ありがとう・さようなら」の替え歌合唱。なんか雨女、とかは聞こえてきたよ(笑)。歌詞の全貌は「ラストデイ」DVDを買ってね、てことですね。キャトルで予約するとナツキさんがふたつ折れになっているクリアファイル(@ムラ千秋楽入りwithみなこ)がついてくるよ!(宣伝か)

・聞くところによるとナツキさん号泣してたって……全貌は「ラストデイ」DVDを買っ(以下略)

・不思議な空間だったなぁ。あの瞬間、劇場前がしぃんと静かになって、きれいなコーラスが聞こえてきて、みんなが耳をかたむけていたあの空間。でもすごくきれいな空間だと思いました。余談ながら「ありがとう・さようなら」は一番好きな卒業ソングなので、それにもぐっときてしまいました。

・大楽本番。比較的近くで見たせいか、最後の「ロジェ」はまた違って見えたなぁと。と同時に正塚芝居はやっぱり小劇場だなとも感じました。オペラで見る劇場には向いていない……。
(おかげで最後にいろいろ気づくことがありました。これはまた改めて整理したいとこです)

・ずっとずっとひっかかっていた、最後の銀橋。私は逆に「ロジェ」だと思いました。大楽にして、ようやくレアとロジェの間に一本線が見えたというか。それが「交わす想いは自分なりの愛」にみえたというか。これもまたちゃんと文章にしたいなぁ。
(本当はさよならを重ねるのが正解だとは想うんですけれどねー)(笑)

・本当にオペラナシで肉眼で水夏希の全身を観られたことが大きくて。銀橋で観た黒燕尾の全身、そして落ちる汗、その光景が妙に印象に残っています。

・ペンライト、ムラの楽は青でしたが、東宝楽は白でした。やっぱり白の方が発色がいいから、明るくて。ムラは落ち着いたきれいなブルーが広がってそれもきれいだったけれど、白いライトがともる客席は、あかるくて、白は浄化の色でもあるなあと思って、振り返って眺めてしまいました(また「たいていの人が白を着ている」だから、光が反射していたのもあるのだと思う)(白ってすごくひかりを拡散するので)きれいでした。

・ナガさんの生徒紹介は、基本ムラと同じだったと思います。ムラの時から、何度聞いてもぐっときたのは「ミズはピラミッドの頂点ではなく、みんなと手をつなぐ仲間であり、みんなを導くリーダーであった」との話。そして「組替えごとに自分の居場所を探して、自分の道をみつけた」的な話をしているとき、幕前に映し出された映像がデュナンさんが旗を掲げて歩いているところで。なんかそうやって道を「まっすぐにあるいてきた」のと重なっちゃってね。けれどもそこに至るまでの道は決して楽な道ではなかったのだよね、とも感じてしまって……

・東宝楽の退団者紹介が終わった後、まだ準備が終わってなくて、「えー」と素であわててつつもトークをつなぐナガさん。10人の退団者で、体の一部がなくなるような気分で。でも退団者はそれぞれ、とてもすっきりした気分だという「私にはまだそれは(その退団者の気持ちは)わかりません」と苦笑まじりに言っていたのが、なんだか非常にほっこりして。

・下級生順に挨拶する度に、うんうんと見守っていたナガさんを見てしまって、そのあったかさもなんかだすごく印象に残っています。

・キムが持っていた花束が見事なカラーで。それを見た瞬間に、あ、こっちも黒燕尾で階段降りだな、と思いました。

・同期からの花はハマコ先生。そのハマコ先生が、ナツキさんに両腕を広げて、さあ、とハグしたとき、なんか本当にすべてが終わったなぁと思った、な…。

・ナツキさんの挨拶はスカステや他の方に譲ります。一番印象に残っているのは、何度目か忘れましたが幕が上がって一人で舞台に立っていたとき。今回の公演が本当にハードでやりとげられるか不安だった、と言った時に揺れた声と目。ずっとパブリックな存在で、きっともう本名の自分と境目がないぐらい「ミズナツキ」がいて、でもその「素」が垣間見えたような。本当に本当に、「命を削って」この人は舞台をつとめてきたのだなぁと。

・トップさんが最後にどんどんやせていくのはわかっていたのですが、入り出で「あばら」が浮いてるのを見てしまった時には心底びっくりしました(……)。本人も何かのインタビューで「今、女性としてありえないぐらいやせちゃって」ってゆってたもんなぁ。本当に「削った」と思うのです。

・みなこの挨拶の話は、13日の日記でも触れた通りなのですが、もうひとつ印象的だったのが、もうナツキさんばかりを見ていてねー。ナツキさんのカーテンコールトークショー(笑)をずっと隣でナツキさんを見ていて、途中で気づいて正面を向く、っていうのが何度かあって。ああもう本当にみずみな万歳!!

・恒例の退団者一言コメント(笑)。今回は最後に「卒業おめでとう」で締めくくっていて。その日のワンモアタイムの「先生はうれしい!」もそうだったけど、本当に「ナツキ先生」だなぁと思いました。先輩でも部長でもなく、先生。

・だからあの「ありがとう・さようなら」がすごく響くのです。歌詞に出てくる「ありがとう・さようなら」「友達」「先生」「教室」、「先生」の章では「しかられたことさえ、あたたかい」

・まあそうは言っても東宝大楽も泣き笑いですよ。黒燕尾で今日はキムを0番に立たせようとした、の話(ナツキさんが後ろから手をキムの胸に当てるところでわざと自分の立ち位置をずらしてキムを0番にしようとしてキムが焦ったという話)の時、その話題を切り出す時に、それまでの話題をぶったぎったり。

・幕前に退団者と出て様々なコールがかかる中「あの、話していいですか」と切り出したり(なんでそこだけひょっと冷静になるの、貴方)(笑)。

・入り出にたくさんの人が集まるのを「夏祭りか!?」とつっこみ、「あ、あたしか?(あたしの為に集っているのか)」と。

・最後の最後もちゃんと劇場に来てない人にも想いを馳せて(中継先にもアピール)、「皆さんそれぞれのスタイルで、スタンスで」と言って様々な立場の人にも想いを馳せて、それこそがミズスタイルだなぁと思ったり。

・出のガードで何度となく空を見上げてました。風が気持ちよかったのを覚えています。

・ナツキさんが出てから、後ろの他会の方たちが泣いていたのがすごく印象に残っています。もちろん様々なお気持ちがあったかと思うのですが、私たちの為にずっと外で待っていてくれて。で、我々が合流してから、楽の様子を話したり、聞かれたり……私は会活動をしながらあまり他人と交流を持たなかった人間なのですが(だって怖かったんだもん)(笑)、そして会活動にはどっちかと言えばナシ派だったのですが、それでもあの日あの場所にあった多くの想いとか、注いでくれていた想いとか、それは決して嘘じゃないというか、あったかくて、なんだかすごく印象に残っています。

・最初にも言ったように、今回は本当に多くの方の気持ちを受け取ってて。それをどうにかして返せないかな、と思っていました。直接返せなかったとしても、そしたらその想いを今度は私が誰かにわたせばいいんじゃないかな、とも。そうやって想いはめぐる「ソロモンの指輪なんですよ!」(ミズナツキ語録)と。

(すごく自分よがりではありますが、茶会レポとかアドリブツイートとか、そういう物が「想いを返す」に繋がればいいなぁと思っていました)



・タカラヅカをずっと好きで、それでナツキさんを好きになって、ナツキさんから1対1で通い合う想いというものを受け取って、そしてこうやって退団に際して巡る想いをいうものを感じて。
 ともすればこの「想い」が無視されてしまうことの多い世の中で、どんなに「想い」をかけていても、その行き場見失ってしまう世の中で、確かにここには想いが通い、巡るのだなぁと。最後にそんなことを感じました。






 わあ、ぜんぜんスケッチじゃない!軽くない!重い!(笑)。

 でも書きはじめてからぼろぼろ言葉があふれて(ちょっとあふれすぎもしましたが)、びっくりしました、と同時に、やっぱりあの人は私の最大のインプットだったのだなぁと。ヅカファンとしてもヅカオタとしても、ザラメとしても(笑)。


 そしてどんなに言葉や想いや金平糖をつくしても、やっぱり最後にはこの言葉に集約されてしまうのです。
 大好きです。




 だいぶすっきりしました(笑)。本当に私にとっては言葉に残すことが最大の癒しなのかもしれません。
 まだしばらくだらだら語るかもしれません。
 

 朽ちることなく 色あせもせず 輝き続け 消えることなく




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