2004年08月07日(土)
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※20060616のマシンガン連動です(2006/6/16記)



 2004年の往復伝書鳩(公開質問状で)

>真飛氏と壮氏が好きなんですけど、
>共通点がなさそうな二人を無理やり絡ませるとしたら、どんなものがいいですか?

 と聞かれて

>リアル大学生で寮の同室の二人。奨学生の真飛さん(苦労人)(父親はアル中で死亡母親は病気で下に弟妹がいる)(あるいは天涯孤独の身)。普通のおうちで普通に幸せに育ってきた壮君(裏設定で実は不治の病を抱えていたりする)(それを真飛さんは知らない)。たまたま寮の同室になっただけだけれど、そこはかとなく惹かれあう。寮物語と言っても801的なモノは一切ない、いっそ匂い立つほどの男所帯なイメージで(大笑)。アイツの中にある飢餓感、オレの中にある飢餓感、誰にも知られたくないと思っていたであろうアイツの飢餓感をオレは知っていて、誰にも知られたくなかったオレの飢餓感をアイツは知っている。けれどもそれに俺たちはどこか安心するのだ。
親友でもない、ライバルでもない。ただ、たまたま偶然一緒に最後のモラトリアムをすごす「アイツ」と「オレ」
(むっさん、SSするなら他所で)。

 と答えて
 2005年夏のメルマガでこう漏らしました。


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『モラトリアム』


 一月の中旬、冬の最中とはいえ、さすがに信州の山奥より東京は暖かい。久しぶりの人ごみに紛れ、久しぶりの匂いを嗅ぎながら寮へと戻った。
 今時、大学寮だなんて流行らないのはどこでも同じだろう。俺の大学でも辛うじて残る寮は、この古びた木造二階建ての建物だ。今時流行らぬ二人部屋、風呂トイレはもちろん共同、まかないは寮生が減った時点で採算が合わなくなり廃止された。それでも俺のように経済的な理由からここを頼りにしているものはまだいて、殆ど空き室状態のこの寮は存続している。経済的な理由、俺のように奨学金を受けているものはその最たるもので、そしてそのまったくの対極には「好き好んで」この寮に住んでいる奴もいる。俺の同室は、まさにその最たるものだ。
 部屋のドアを空ける。部屋の両サイドにはそれぞれのベッド、その奥に机と箪笥……だなんて言っている場合じゃない。
「一帆!」
 目の前の絨毯の上に、ルームメイトがうつ伏せに倒れていた。
「おい、一帆!」
 駆け寄ろうとしたら、ぐるんとそいつは転がって、そして俺と目を合わせて、「おかえり〜」
 驚いたー?冗談だよー?と言わんばかりのその間の抜けた声に、俺は一帆の顔を蹴った。
「顔は打たないで!アタシ、女優なんだから」
 言ってろバカ。
 それにしても……本当に単なる冗談なんだろうか?荷物を置いてちらりと様子を伺うと、一帆はまだ天井を見たまま仰向けになっている。その横顔は久しぶりのせいか、どこか知らないものに見えた。
「やばい」
 一帆の声がした。
「え?」
「起き上がる気力がない……俺はもうおしまいだー」
 バカだ、やっぱりバカだ。
 俺がもう一度蹴ってやろうと近づくと、一帆はひらりと起き上がった。そして俺に両手を差し出す。
「なんだよ」
「お土産」
 年末年始の冬休み、俺は長野のスキー場に泊り込みのアルバイトに行っていたのだ。学費は奨学金でまかなえるが、生活費は自分で稼ぐしかない。家族からの仕送りがあるほど恵まれてはいないということだ。この冬のアルバイトは三食付きの割の良いアルバイトだった。
 学業をおろそかにするすれすれで、俺は働かなくてはならない。
「ほら」
 一帆に袋を差し出す。何?と聞くから
「野沢菜漬け」
「うわ、色気ねぇ。もっと洒落たもの買ってこれないのかよ」
「バカ言え、これで後は米さえ炊けば飯になる」
「へいへい、実用的な事ですなぁ」
 文句を言う一帆を無視して、俺は部屋の隅の冷蔵庫を開けた。やはり、案の定。冷蔵庫の中味は行く前と同じにからっぽだ。物が入った形跡も、出ていった形跡もない。
 お前ちゃんと食ってたのか?と聞こうと振り返ったら、一帆が着替えていた。シャツを無造作に脱ぐと、上半身が露になる。鍛えていただけあって、いい筋肉をしている。けれどもそれを覆う皮膚はやけに薄くて、冷たくて、いやに無機質な印象を与える。
「何見てんだよ」
 一帆がニヤリと笑った。俺は別に、と言った。
 なんとなく、聞く気が失せた。聞いてもきっと、答えないだろう。
 不意に俺は一帆の何を見ているのだろうと思った。大学の寮でのルームメイト、学部は違うから、キャンパスでは滅多に顔を合わせない。たまに見かける一帆はいつも誰かと一緒だけれど、その誰かが一緒だった試しがない。高校の頃は剣道でかなり知られた存在だったらしい。けれども今は剣道部からの執拗な勧誘をかわし、ただ大学生活を謳歌している、のだと思う。そういうほど、俺は普段の一帆を知らない。俺みたいに寮にいなくてはならない理由もないだろうに、というのも憶測にすぎない。俺は一帆を取り巻くものを知らない。時折、ぼろぼろと言っていいほどに酔っ払って帰ってくる。女の匂いがすることもある。俺は一帆がどこへ行っているのかしらない。どこから帰ってきたのか想像もつかない。だから、俺はいつも今目の前にいるこのルームメイトがわからない。
 干渉する必要はないし、きっとそれを求められてもいないし、したいとも思っていない。俺たちは、お互いに踏み込まずにそこそこ上手くやっている。共同生活にありがちな互いへの不満も、お互いに上手く避けている。それ以上、何も必要でない。
 ばふっと、一帆が脱いだシャツを俺に投げつけた。
「だから、見てんじゃねーよ。ヘンタイ」
 どうやら俺の視線は固まったままらしい。俺は目線をそらした。
「見てね―よ、見たって楽しくもない」
「そうか?割と見ごたえあると思うぜ?」
 一帆はおどけて、ポーズを取った。俺は笑ってシャツを投げ返した。一帆はそれをひらりと避けた。
「どこ行くんだ?」
 もう夕飯時だ。
「ないしょ」
 カワイイ声で言う一帆、かわいくねーよ、と俺が毒づいても気にしていない。いつもと同じ当たり障りのない、触らない会話。
 そうやって、俺は何も知らないままだし、知らないままでいい。けれどもやはり、すこしだけ。
「……無理すんなよ?」
「え?何が?」
「、なんでもねーよ」
 友を心配する、とは聞こえがいいが、多分そんな言葉は正しくないような気がする。
 黒のタートルに、綺麗な形のジャケットを羽織ってコートを着る。そしてそのまま部屋を出て行く一帆が、ドアの前で背中越しに言った。
「ありがと」
「え?」
「……おみやげ」
「え、あ?ああ」
 そして一帆は手をひらひらさせて、どこかへ行った。俺の知らないところへ俺が知らなくてもいい目的で、そして俺はきっとこの部屋にいる一帆以外は何も知らないでいる。
 不思議な奴だ。俺はいつもそうやって一帆に感じている例え難い感情を、その一言で片付ける。友情と呼ぶほど馴れ合ってはおらず、他人とするには余りにも存在が近い。ルームメイト。きっとお互いに卒業すればそれきりになることは想像に難くない。ただ、社会や世間との狭間で、このモラトリアムを一緒にすごしている。この限られた空間だけで。
 もういい、急に疲れと睡魔が襲ってきた。俺は考えるのをやめて、さっさと寝てしまおうと思った。ところが出かける前にきっちりベッドメイクしていった俺のベッドはぐちゃぐちゃになっていた。一帆だ。一帆のベッドを見ると、さらにぐちゃぐちゃになっていた。何かこぼした跡もある。自分のベッドを直す事より、手っ取り早く俺のベッドにもぐりこんだといういきさつは良くわかった。
「あんにゃろ……」
 けれども眠い、疲れた、もう何も考えたくない。
 俺は仕方なくそのベッドにもぐりこんだ。身体が泥のように溶けていく。ベッドからは、すでに慣れた一帆の匂いがした。
 モラトリアム、このモラトリアムをただ共にすごすだけの俺たちが、この狭い部屋にいるのは何か、何か……そこで思考はとぎれて、深い深い眠りにおちていった。


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