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私が1番最初に空手を始めた道場は巍桜流拳法菊地塾で塾長は菊地信弘先生でした。当時、私は15歳で菊地先生は30歳でした。菊地先生はバリバリの現役でとても強かったし怖かったです。私は15歳で1番悪い時期だったので、悪さをしては菊地先生にぶっ飛ばされていました。無断で稽古をサボったら組手で半殺しにされましたし、遅刻して行った時は殴られて失神しました。私はそれに対し恨みがないどころか感謝しています。私にはとても適切な指導だったと思っています。菊地先生はシュートボクシングの創始者のシーザー武志会長と異種格闘技戦で戦ったり、いろんな流派の試合に出る、いわゆる他流派荒しと言われる選手でした。私も先生にくっついていろんなルールの試合に出させて頂きました。菊地先生にはとても可愛がって頂きましたし、菊地先生の知り合いの空手家の方々にもとても良くして頂きました。菊地先生なおかげでいろいろな経験をさせて頂きました。菊地塾に行き見学させて頂き、最後に菊地先生と立ち会わせて頂き、菊地先生のハイキック1発で失神させられた、あの時から私の空手人生は始まったと思っています。私の空手人生の始まりは、本当にマンガの世界の話のような空手人生の始まり方でした。菊地先生には本当に感謝しています。今でも菊地先生を尊敬しています。
kanno
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