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私は人生で1度だけ試合場で相手の上段廻し蹴りで一本負けして、試合場で意識を失った事があります。2004年4月の千葉県大会の準々決勝での試合でした。私は31歳で前年の世界大会に出場が叶わず、引退も頭に過ぎったのですが、その年のお正月に4年後の世界大会を目指そうと現役続行を決断して、1番最初の試合でした。前々年に城南支部は極真会館を脱退し、極真会館に残った仲間もみんな前年に引退し、ある意味では一人ぼっちのスタートでした。でも私はここから一人で頑張った4年が自分が1番頑張った時期だと思っていますし、この4年にたくさんの事を学ぶことが出来ました。私はこの試合に向けて、誰に叱られなくても手を抜かず稽古することが出来ました。試合の前日には39度の熱を出し一睡も出来ずに試合に臨みましたが、弱気になることはありませんでした。何故か分かりませんが、絶対に優勝する自信がありました。そして試合でも絶好調でした。2回戦3回戦では180センチ以上ある勢いのある若手2人を完封して準々決勝に臨みました。準々決勝でもほぼワンサイドで試合を進めて行きました。そして最後の決めにラッシュをかけたところで意識が途切れ、目を覚ますとそこは控室でした。私が倒れるのと試合終了の太鼓が同時だったそうです。私は試合場で意識を取り戻し、挨拶をして試合場を降りて、相手にも挨拶に行ったそうなのですが、それは記憶にはありません。私は控室で意識を取り戻した時に思った事は、「一本負けもそう悪くない」でした。それは何故かと言うと、私は試合中に一瞬も諦めることなく最後まで戦いました。もっと言ったらその年の始めから自分に厳しい時間を過ごし、自分に負けることなく試合に臨み、最後の一瞬まで諦めることなく、自分の意識が途切れたのです。たぶん私はあの場でもう二度と意識を取り戻すことがなかったとしても、悔いはなかったと思います。だから一本負けもそう悪くないと思ったのです。私は意識を取り戻し、ワールド空手のインタビューを受けました。インタビュー中に私は涙が出てきました。悲しくて悔しくて泣いたのではありません。自分に負けずに頑張って来た日々を思い出し、よく頑張ったなと感極まって涙が出てきたのです。私がこの世から去る時も同じようでいたいです。死ぬのもそう悪くないと言えたらと思います。でも私という意識がある限りは私は自分に負けないで頑張りたいと思います。私の最後の目標は「死ぬのもそう悪くない」と言ってこの世を去る事です。
kanno
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