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人生は登山に似ているなと思います。そして武道も登山に似ているなと思います。登って頂上が終わりではなくそこから下ってスタート地点まで戻ってそこが終着点となります。人生で言えば生まれた瞬間が出発点として死ぬ瞬間が終着点だと言えると思います。私も来年50歳になります。人生100年時代と言う事で言えば、今が半分と言う事になりますが、私はどうもそうは思えません。人生を起承転結で考えた時に、今はもう結の手前まで来ているのではないかと思っています。残った人生はまさしく余生となるのだと思います。もちろんその余生も楽しみたいと思います。その余生をどう楽しむか?の準備もそろそろしなければいけないと思います。自分が死んだあとの事を考えないわけにはいかない歳になってしまいました。やりたいと思う事は悔いのないようにしっかりやろうと思います。会いたい人にはしっかり会っておこうと思います。行きたいところにも行ける限り行きたいと思います。自分が死んだあとの事でもう決めている事があります。それはもう家族には伝えてあります。一つは私が死んだらお葬式はしないで欲しいと言う事と、私が死んだらお墓には入れないで欲しいと言う事と、私に戒名はいらないと言う事です。菅野秀行で生まれて菅野秀行で死んでその後はもう何も無いと思っています。私が死んだあとに妻と長男と次男で美味しい物でも食べながら、私のバカ話で盛り上がってくれたらそれだけで私はもう充分です。私が生まれて来て生きた価値はあったと充分に思えます。あとは私の生きた証は極真空手にたくさん残したいと思います。
kanno
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