DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
私は国際空手道連盟極真会館と言う団体で東京城南京浜支部と言う支部活動をさせて頂いています。私は2002年に29歳で自分の師匠がこの団体を脱退した時に、師匠から独立する形でこの団体に残り、そのタイミングで東京城南京浜支部支部と言う支部を開設する事となり、支部活動を行わせて頂くようになりました。私は34歳までは現役選手として試合に出場していたので、選手と支部長の二足の草鞋を履くと言う形でした。なのでこの5年間は支部の運営や経営をそっちのけで、自分の稽古に没頭していた所がありました。試合を引退してから選手の育成にも力を入れるようになり2007年の6月17日に支部内交流試合を開催するようになりました。選手の育成に関しては私も30代で若かった事もあり情熱が空回りしてしまっていたように思います。そこからは右葉曲折いろんな事がありました。選手として頑張っていた生徒が皆んな辞めてしまった事とその人達を育てる為に稽古が厳しくなり辞めてしまった生徒達、気が付けば道場の経営が立ちいかなくなるぐらいに生徒数が減っていました。その頃に私の道場に居てくれた生徒達を私が正しく導く事が出来なかった事にとても申し訳なく思っています。そこで1度冷静になれた事で道場の稽古体系や指導方針をガラッと変えて、礼儀は厳しく、稽古は楽しくという感じにシフトチェンジしました。そして組手の苦手な子にスポットを当てるため、東京城南京浜支部も型競技に力を入れる事にしました。そのためにも先ずは自分からということで、私は2014年8月24日に初めて型競技に挑戦しました。そして10月26日に第1回目の型競技支部内交流試合を開催しました。そこから私も型競技に取り組むようになり2019年8月24日の極真祭で全日本型競技空手道選手権大会35歳以上の部で優勝し、他の流派の型も学ぶようになりました。2020年からは極真会館の技術委員会に入り、極真会館の型の改定や見直し、型競技の審判基準を定める仕事にも携わっています。それと合わせて私が先行する形で2018年6月3日に第1回のセミコンタクトルール全国交流大会に挑戦し、2018年10月21日に東京城南京浜支部でも第1回目のセミコンタクトルール支部内交流試合を開催しました。その後私は2019年のセミコンタクトルール全国交流大会で準優勝しました。子供は身体の発達に差があり身体能力や基礎体力にも差があるので、身体能力と基礎体力が大きな差となるフルコンタクトルールの試合ではなかなか勝てないのだけれど、型競技などで頑張り技が上手く正確に技を出せる子がゲーム性を持って楽しく取り組み活躍する事が出来る場を作りました。2018年の6月5日からはフィットネスクラスという主婦や女性向けの気軽に空手の稽古が出来るクラスを開設しました。そして今年の2月から個人レッスンと言うまた新しい指導方法に挑戦しています。私は強い生徒もやめてしまい、生徒が減ってしまい、1度リセットされたあの時に本当の意味で指導者として成長させてもらったと思っています。その時々で道場生やご父兄様にもたくさんご協力頂き助けてもらいました。また家族にも支えてもらいました。私の今の指導方法で強い選手も順調に育っていますし、中学生、高校生まで残ってくれる道場生も増えています。ここからさらに前へ進めて行きたいと思っています。
kanno
|