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前に空手道の始まりについて書きましたが、補足としてもう少し書いてみたいと思います。空手の名称と変遷についてです。一説ではありますが、沖縄では空手は「手」と名称していたそうです。その後、首里手、那覇手、泊手の三つの名称になり、糸洲安恒先生、東恩納寛量先生の時代は首里手が少林流唐手、那覇手は昭霊流唐手と言い、昭和8年頃に空手道と名称し、首里空手を知花朝信先生が沖縄少林流と改名し、那覇唐手の昭霊流を宮城長順先生が剛柔流と改名したそうです。泊手ははじめ首里、那覇の両方の大家から指導を受けて伝えられいたが、実力者を継続することが出来ず、現在に至るとなっています。空手道の精神について先人が残した言葉を紹介します。小西康裕先生の残した言葉で「空手とは、人に打たれず人打たず、事のなきを基とするなり」仲里周五郎先生の残した言葉で「争いは和して避け、暴力は忌避すべし、これに反せば信を失い身を亡ぼす。空手に先手なく、技にきわまりなし。内に慢心の心あれば向上の道とざさる。道を学ぶことにいそしめば、心身ともに磨かれて人格は陶治されむ。」最後に知花朝信先生の残した空手道修行の心構えを書いて置きます。「空手の稽古をする時は、別の事は打ち捨てて一心に空手の道に精神を打ち込み、他の事は考えずに、頭と目と手、足は一致して鍛錬し研究すること。人は50歳までは、やればやるほど上達しますから、うんと力を出して鍛えるように。体力は50歳の坂を越えればしだいに衰えてきますから、50歳を過ぎるにしたがって、その加減で鍛えればよろしいはずです。しかし毎日続けて鍛えれば、さほどは変わりません。いくぶんは衰えますけれど、あなたとしても、今のとおり続けられたら、70〜80歳の歳になってもさほど衰えを感じないと思います。ぜひ継続して下さい。」私もあと3年はまだまだ強くなると思いめいいっぱい鍛えたいと思います。
kanno
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