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2020年04月23日(木) 空手道を学ぶ意義

私は、空手道の型を58個覚えています。しかし完璧にできる型は一つたりとありません。毎日、型の稽古をしていて、まだまだだと思うばかりです。もちろん58個全てがすらすらと出来るわけでは無く、こんなにたくさん覚えていると稽古していなければところどころ忘れてしまいます。なので自分が覚えている型を忘れないように抜き出して稽古する時間を必ずもうけています。あとは3ヶ月ごとに力を入れて稽古する型を決めて、その型に力を入れて稽古します。あとは自分が毎日必ずやる型を決めてその型を稽古しています。そしてその稽古している型の苦手な動きや、出来ない技を抜き出して基本稽古にしたり、移動稽古にしたりして稽古しています。しかし型は型で終わっては意味がないと思います。型が出来るようになった事が、自分の組手に生きなければならないと思いますし、型が出来るようになった事で、自分の組手が変わらなければならないと思います。組手を行う中で型の動きや技を検証し、また型に持ち帰って稽古する事が大切だと思います。そして空手道の稽古は、自分の人生の中で、自分の生活の中で、自分の仕事の中で生きなければ、空手をやっている意義はないと思います。今の世の中で空手道をやっている事を生かす事が出来る場面などあるのか?と思う人もいるかもしれません。私は空手道の稽古をする事で今の世の中で、自分の人生の中で生きる事をたくさん学べると断言します。空手道を学ぶ者が、何を求めて空手道の稽古をするかでそれは大きく変わりますが、求めれば道は無限にあるように、求めれば無限に学びがあり、求めれば無限に自分の人生の中で生きる物を見つける事が出来ます。求めれば何歳になっても学びはあり、求めれば何歳になっても自分を変える事が出来ます。そして何歳になっても何かを始めるのに遅いなどという事はありません。空手道は私にとって、私の核です。自分の核を持っている人間は強いと思います。自分の核を持っている人間は何があろうと揺るぐ事がありません。


kanno

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