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私が極真空手の試合から学ばせてもらった事が2つあります。1つは、「自分が怖い時は相手も怖い、自分が苦しい時は相手も苦しい、自分が痛い時は相手も痛い、相手は神様でない」と言う事でした。自分だけが苦しいと思った瞬間に自分の心は崩れて行きます。自分の心が崩れた瞬間に身体も崩れて動かなくなってしまいます。自分が苦しい時は相手も苦しいんだと思えば、どんなに苦しくても頑張れるものです。ですが自分が苦しい時は相手も苦しいと、思うためには本気でそう思えるほどの稽古を積まなければなりません。あれだけ稽古をした自分がこんなに苦しいのだから相手も苦しいはずだと思えるのです。現実、自分が苦しい時に相手も苦しいから、もうダメだというところから、もう少し頑頑張って相手に勝つ事が出来るのです。苦しい稽古をしていなければ、戦っていて苦しいのは自分だけなのですから、どう頑張ろうと苦しい稽古を積んで来た相手に勝てるわけはありません。そして自分も苦しい時は相手も苦しいと、もう一息頑張る精神は日々の苦しい稽古の中で作られて行くと思います。だから常に自分に厳しく生活していなくては行けないと思います。そして私は、「自分が苦しい時は相手も苦しい」と言う精神を社会生活では、その精神を優しさに変えるようにしています。例えば電車の中で、普段鍛えている自分が立っているのがしんどいのなら、高齢者の方はもっとしんどいはずだ、通勤時間の長い人も自分よりしんどいだろうと思えば、席を譲る事は簡単ですし、初めからその人達に座らせてあげようと思えば、電車で座る事もなくなります。自分だけがしんどいなどと思うとズルをしてでも座りたいと言う気持ちになってしまうのだと思います。強い人は人に優しく出来ます。もう一つは、「相手は自分が思うほど強くはなく、相手は自分が思うほど弱くもない」と言う事です。私は勝ちも負けもたくさん経験しました。自分で言うのも何ですが、私ほどチャンピオン級の強い選手に勝った事が何度もあるのに、1回戦負けを何度もした選手はそうは居ないと思います。どんなに強いと言われている選手でも人間ですから絶対に勝てないという事はないと思います。それを強い選手に勝ったり、強い先輩と組手をする中で学ばせてもらいました。しかし自分が弱いと思う選手だってそんなに弱くはない事も負けた試合の中から学びました。常に戦う相手を尊敬して良いところと悪いところを平等に見た上で尊重して、戦わせていただく事に感謝して、自分の全力を尽くして戦わなくては行けないのだと思います。この本質を理解したのは私は、33歳の時で引退する1年前ぐらいでした。20代の頃の私はそれを理解していませんでした。例えば1回戦で全然強くない選手に苦戦をして延長戦でやっと勝ったとします。その時、私はこんな弱い選手にこんな苦戦するのだから、自分は今日は調子が悪いのだ、次の強豪選手とはさらに苦戦するのだろうなという気持ちになってしまい、そんな気持で試合場に上がった為に自分本来の動きが出来ずにズルズルと負けてしまいました。自分に謙虚さがあれば、自分の対戦相手は死に物狂いで稽古して来て、自分をしっかり研究して来たのだろうなと思えば、その選手に苦戦をしても延長戦で勝てた事で、気を引き締め、ヨシッ次の相手は強豪選手だから、自分を少し下に見ているだろう、死に物狂いで行けば動揺するだろうからそこを突いて行けば勝利は見える。と思えたはずです。相手を尊重する事の大切さ、人に対して尊敬と感謝と忍耐の気持ちで接する事の大切さをもっともっと早くに学べたなら私の人生は大きく変わっていたと思います。それを道場生に伝えて行きたいと思います。空手の稽古方法だけを教えるのならDVDを見て研究すれば教える事も出来ます。でも私は自分が命を懸けて試合や稽古をした中で学んだ、精神や魂や気や心と言う目に見えない部分を生徒達に伝えて導きたいと思います。
kanno
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