「静かな大地」を遠く離れて
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2002年05月18日(土) 生命/人生

題:330話 チセを焼く30
画:筆
話:安心して暮らせる場所が欲しいのだ

題:331話 馬を放つ1
画:コバンソウ
話:これほど美しい生き物がいるかと思う

夏が来る。どういうわけか北海道から帰ってきて三度の夏を過ごしてきた
はずなのに、昔トウキョウ時代に経験した酷い夏バテが嘘のように、楽に
秋を迎えてきた。なんだか暑い夏そのものが、もはや“わが事”ではない
ような気分でいるのだが、まさかそのせいで楽というわけでもあるまい。
身体が北海道仕様になったまま、“模様眺め”でもしているかのようだ。

平和な牧場の情景描写で始まった新章「馬を放つ」、もうラスト前までは
由良さんたちの登場もなく、このままストレートな叙述が続くのだろうか。
梨木香歩『からくりからくさ』の叙述力に圧倒されたばかりなので、一寸
もの足りない気もするけれど。三郎話の推移より、それを受け止める由良
さん話の決着のつけ方のほうが、難しくて大事だという感じがしてしまう。

『からくりからくさ』については、先日触れた以上のことを書きたくない。
なぜなら愚劣な解釈言語で作品の主題をなぞる羽目になるのを怖れるから。
そういうものに還元できないからこそ、わざわざ絵空事の叙述スタイルを
選択して物語を紡ぐのであろうから。なので以下の記述は、お遊びとして。

先日「未完のスティルライフ」という題で書いた日録で当該作品のことに
触れた。それを僕が“『からくりからくさ』は「未完のスティルライフ」
である”と評した、と解された方がいて面食らった。まさか(^^;「未完」
であるのは僕の「ライフ」のほうなのである。『からくりからくさ』は、
「完成し過ぎ」が疵にならいないか、という危惧さえ寄せつけないほど
見事に織り上げられている作品である。久しぶりに作中人物と別れるのを
惜しむような読書体験をすることができた。児童文学系の梨木香歩さんの
作品は、僕にとっては長らく、知ってはいたけど読むには至らないという
範疇の作品だった。御大が書評をしていたこと、染色に興味があったこと、
など気になる要素もある。最近出たエッセイ『春になったら苺を摘みに』
に関心があって、せっかく読むなら多少なりとも小説を読んでおこうか、
という動機もあった。書店でパラパラ見た限りで言うと、須賀敦子ちゃん
ファンには見逃せないエッセイだと思われる。ちなみに表紙は星野道夫!

(以下、『からくりからくさ』ネタばれ含む)
お遊びをもう少し。女性たちの物語の中に登場する、神崎という男がいる。
彼の手紙が作中に挿入される。トルコから送られてきた手紙という設定だ。
これが『真昼のプリニウス』の壮吾さん入ってるのだ。わが愛する門田君
のポジションのキャラクターが登場しないのが、御大との違いと言おうか
時代の違いと言おうか。で、僕は長らく自分のことを「門田君っぽい」と、
自嘲的に言ってきたりしたのだが、神崎の手紙の部分を読んでいて、これ
は自分だ、と思ってしまった。他の女性の登場人物たちに対してそんな風
な感情移入の仕方をすることはなかったのに。かといって、どこかの異国
へ旅立とうというつもりは、現在のところない。大事な行事もあるし(^^;

自分の中にある、「外部」に触れたいという欲望。生きていく根源的な力。
それと日常を生き抜くということ。その位相関係がわからなくて、今夜も
ワインを痛飲する。もし君が“答え”を知っているなら僕に教えて欲しい。


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