「静かな大地」を遠く離れて
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2002年02月15日(金) 祝祭ストイック

題:241話 栄える遠別1
画:鋏
話:鱈場蟹一匹をまず全部ほぐして、身を鉢に盛り上げて、それから一気に食うんだ

欲深いんだかストイックなんだか、よくわからない性格のカリスマ三郎(笑)
これって準備段階にたっぷり時間をかける、一種の過剰ー蕩尽理論なのか?
ジョルジュ・バタイユというか栗本慎一郎@『パンツをはいたサル』の世界。
ユートピアというのは「時間」の中に存在するものなのだろう。

ソルトレイクシティーで冬季オリンピック の祝祭時間を生きている選手たち
もまた、ストイックで欲深い人たちである。先日佐々木譲さんが、里谷多英選手の膝
に感動していらした。北海道で身体を動かしている人たちは、ちょうど日本の戦後の
ある時期までの大多数の男の子たちが過剰に野球の身体を我がものとしていたように
冬季オリンピックの選手たちの動きを、身体感覚的に捉えることが出来るのだろう。
野球に関してなら、そのへんの素人でもバッティング・フォームや投手の配球にプロ
はだしの解説をしてみせたように。そのうちサッカーが、そうなるのかもしれない。

シドニー五輪がいつあったのかも俄には判じかねるくらいに、掛け値なしに記憶の中
にテレビ報道すら観た覚えがないのだが(何せマラソンで日本の女の人が金メダル
をとったらしいというのは知っているのだが、その選手の名前も顔もわからない)、
今回はそれよりはマシな程度には、状況を把握している。というのも98年長野五輪
の時は休暇の最中で、結構熱心に観ていたからだ。なので選手の顔も名前もわかる。

以下に、そのときのことを一年後に思い出して書いた文章を引用しておこう。
すこぶるややこしいのだが、当時北海道に住んでいた僕が、ギリシアへ旅行した先で
その一年前にオキナワへ行った時のことを思い出しながら書いた文章…、ですね(^^;

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「ガイアの泉」(@ギリシア 1999年3月30日)より引用

日本もあれでなかなか南北に広がりのある大国だ、と思う。
去年、那覇でクーラーの効いた喫茶店でコーヒーを飲みながら僕は
長野オリンピックの日本ジャンプ団体優勝を知った。汗をかいて
コーヒー豆の麻袋を担いで納入に来た兄にぃが、浅黒く日に焼けた
顔をほころばせて日本の金メダル獲得をウェイトレスに告げていた。
雪の長野や選手たちの故郷・北海道と、この国際通りが同じ国に
属することの不思議を感じた。

蛇足ながら長野五輪での日本の“歩留まり”は大したものだった。
夏季はバレーも体操も衰退して、水泳くらいしか期待できない以上、
こうなったら冬季に力を入れたほうがいいのではないか?
北海道では、子供のころから学校でスキーやスケートをやっている。
すべての小中学校の校庭にリンクがある。そういう背景からしか、
世界に尊敬されるアスリートは育たない。
ノルウェーやフィンランドに勝ってしまうのだから立派だ。

以前、物騒な思考ゲームとして北海道独立論を考えたことがあるが、
新国家は冬季五輪で、ただちにその名を世界に轟かすだろう。
経済ではふるわないけれど“北海道が日本で良かった”と日本中の
人が思うはずだ。今プライドの持てるものの少ない国だから。
オリンピアの国で、また妙なことを思い出したものだ。
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このときのギリシア旅日記に関しては、そのうちサルベージしてここに連続掲載する
ことにしよう。もう三年前のことになってしまうのか…。宇多田ヒカルのアルバムが
出た頃のことだもんね。ついでに言えば「ダンゴ3兄弟」の頃。ちなみに上の文章の
時期は、それよりさらに一年前、「モーニング・コーヒー」「夜空ノムコウ」の頃。
那覇のレコード店では、地元の歌い手のCDがバカ売れして話題になっていたようで、
僕も一枚北海道に買って帰って、気に入って聴いていた。それがキロロの「長い間」。

そういえば、そのギリシア旅日記には2004年アテネ五輪に言及した記述もあった。
先のことだと思っていても、歳月はすぐに追いついてくる。札幌冬季オリンピックの
記憶はなくて、菱沼聖子のように「虹と雪のバラード」が歌える世代よりは下だが、
経験しなかったシドニー五輪も含めて、祝祭は時間を統べる強い力を持つようだ。


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