「静かな大地」を遠く離れて
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2001年10月15日(月) 森の生活

森の生活の話。ソローハットくらいの狭さの部屋に住み始めて
一年あまりになる。バブル後そしてポスト1995クライシス
の空白域のようなトウキョウに住みなすことに興味が持てずに、
居心地の良い場所さがしすらあきらめてしまって、既に久しい。

Y々木公園の“ほとり”に在る部屋は“都市の台風の眼”とでも
言おうか、近辺の人口密度が低くて時に怖いほど静かな場所だ。
93年夏に、北海道へ去る以前に住んでいた芝浦に通じるかも。
80年代の日野啓三さんの小説を好んで読んでいたくらいだし、
ある種、無機的な都市の風景そのものは、好ましく感じていた。

あのころはまだ「ウォーター・フロント」のスポットで夜遊び
するのが勤勉な若者の範であったようで、それとは無縁に近所を
散歩していた僕などは、かなりの変わり者だっただろうと思う。
時は移りかわって今の若い衆のライフスタイルを象徴するのは、
どうやらカフェと自転車みたいだったりする。隔世の感あり。
しかも何故か今の僕の生活圏とキレイに重なっていたりする(^^;

日野啓三氏ではなく、保坂和志氏の作品くらいに“日常の強度”
みたいなものが僕にあればいいのだけれど、そうもいかない。
毎日通勤電車の群衆にもまれて、スクランブル交差点を我先に
歩く中に混じれば、ある種の「匿名の中の共同性」すなわち、
「いやぁ大変ですな、お互い。ま、何とか頑張りましょうや」
みたいな拠り所に縋るだけの免罪符が得られるのかもしれない。
何も起こらなくても「行きて帰る」だけで「ひと仕事」の一日。

“都市の台風の眼”の暮らしは自分が望んだとおりに不安定で
「旅の延長」のような気分だ。ずっと、どこも帰る場所はない。
自分の心が寄りかかる対象もなければ、対抗する対象もない。
言葉の原義としてのユートピアすなわち“どこにもない場所”
としての「北海道」からの亡命者のように、いまここにいる。
いや、精神の地図の上で、ここを「北海道」にも「アラスカ」
にもしようとしているのかもしれない。ヴァーチャルな地図。

「文明」という業病を抱えた人類、 「文化」と「文明」の違い、
システム、ディケイド論の射程距離、記憶、歴史、 終末論…。
富の過剰と偏在があって、それを差配する王がいる、そういう
「文明」の原初的な形を今の地球に透かし見るならば、米軍
それ自体が最大の財であり「文明」そのものではなかったか?
あれを育て、支えるために経済が循環してきたのではないか?

アメリカが「文明」という巨大なシステムに掴まれだしたのは
19世紀の半ばだったのではないかと思う。南北戦争に至る道。
その少し前に「森の生活」をしてみたのが、H・D・ソロー。
彼が感じた「文明」の気配なんて、その後の100年に起きた
変化を考えれば穏やかなものだったともいえるかもしれない。

肥大化した官僚組織のような軍や、その合わせ鏡のように退屈
な麻薬マフィアまがいのゲリラ稼業より、もっと絢爛たる過剰、
歴史に残るような馬鹿げた構築、そういう蕩尽の仕方が見たい。
みんなそれぞれの「事情」や「立場」の奴隷にしか見えない。
いまの地球を統べる王たちは、野暮で官僚的で退屈な連中だ。

昭和史の舞台になった練兵場の砂塵を、進駐軍のカマボコ屋根
の建物が建ち並ぶワシントン・ハイツを、東京オリンピックの
選手村を遠く幻視しながら、今は沢山の樹のそばで眠るだけ。
人の手で植えられた樹々も、何十年か経つと立派に繁るものだ。
異なる時間の尺度、ヴァーチャルな地図を意識して生きること。

“ここではないどこか”は、いまここにある。



#10月3日づけ「新世紀へようこそ 010文明について」
 に反応しようとしたつもりなのですが、いつものように
 そこはかとなく論旨が見えないまま通り過ぎてしまいました(^^;
 新聞休刊日の徒然なるままに、
 BGMは今夜も「St.Bika」です♪


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