「静かな大地」を遠く離れて
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2001年07月08日(日) バベルの塔、現代史、田口ランディ

題:27話 煙の匂い27
画:凍み豆腐
話:最初の出会いでアイヌに憧れた兄弟

「大地伴走日録購読申込み」という漢字の多いサブジェクトのメールを
頂戴してうれしかったです(^^)
なんか広い土地をタッタカ走っている図が浮かんできて愉快ですね。
池澤夏樹というよりか、村上春樹ファン日録みたいで可笑しい♪

でも「大地」ったって、欧州の小国オランダの2倍の面積しかない、
裏を返せばそれだって条件さえそろえば独立国としてやっていけるって
ことですけどね。北東アジアが列島も含めてもっと入り組んだ地図を
持っていたとしたら・・・そんなことを考えます。
だって第二次大戦後に連合国の分割占領が実現して定着していたら
そうなっていたわけですし。
中国だってもっと派手に分裂状態のまま推移した歴史もあり得たと思う。
だとしたら欧州だって北東アジアだって変わりはしない。

さて、いきなりだが今日みた芝居の話から入りたい。

<文学座6月アトリエの会>
作*デヴィッド・エドガー
訳*吉田美枝
演出*松本祐子 「ペンテコスト PENTECOST」

【 物 語 】
東ヨーロッパの、とある片田舎に建つ廃墟と化した教会。
そこでフレスコ画が発見された。

「キリストの死を哀悼する聖母」の絵は、人類の悲惨な運命の予言なのか?
誰が描いたものなのか?

このフレスコ画の謎解きが、埋められていたヨーロッパの歴史を掘り起こす…。
そして、「時代」に翻弄され続けてきたこの場所に、
新たな1ページが加わろうとしている…。


…以上は文学座のHPより。
このお芝居、っていうかこの脚本、単純にすっごい面白かった。
前半はちょっとスノッブに会話を楽しみ、後半はグイグイ引き込まれる。
まぁ東欧バルカンの架空の国の話という時点で、僕の趣味ではあるが。
テオ・アンゲロプロスの映画とか、奇書『ハザール事典』で知られる
小説家ミロラド・パヴェチの『風の裏側』なんかも連想した。

冷戦終結後に“世界の火薬庫・バルカン半島”の面目躍如(?)たる
泥沼の紛争が勃発して旧ユーゴはこの世の地獄を見た。
まさかの事態に西側は対応する術もなく、世紀を越えて現在にいたるまで
火種は燻り続けている。
#なんか一年くらい前にどこかでこんな文章書いた覚えがあるけど(^^;

ディープな世界である。欧州の淵源は東にあり、という感じである。
そこへ狂言回しの西側の人間、意見を異にするイギリス人とアメリカ人
の二人の美術史家のキャラ立ちしたディベートが小気味よく展開する。
このへん『MASTERキートン』や『ギャラリー・フェイク』入ってる(^^)
さまざまな民族ネタのアイロニー、カリカチュアの連続から、
後半は緊迫したサスペンス、それとフレスコ画をめぐるミステリーが絡む。
生々しい民族紛争の時事が盛り込まれているにも関わらず、
不謹慎にもウンベルト・エーコ『薔薇の名前』なぞ想起してしまいつつ。
おもしろい。けど難しい。

なにしろ、異民族、人種概念、他者、ディスコミュニケーションを主題と
しているため、舞台上の登場人物達が平気で何語だかわからない言語で
喋り出すのだ。まぁ「スワロウテイル」と「アンダーグラウンド」でも
思い浮かべていただければ映画を見る人にはわかるかもしれない。
“バベルの塔”の問題、神が与えたもうた言語の違いが重要なモチーフ。
何でもD・エドガー氏は英国のジャーナリスト出身の著名な劇作家で、
1948年生まれだそうな。御大とあんまり変わらないね。
深い欧州。須賀敦子先生なら、これを観てなにか言ってくれただろうな。

二言目には国境が地続きの欧州の民族、宗教の問題は日本人には理解し
難い、みたいなことを便利な予防線として言いがちな人が結構いるが、
それは精確なもの言いではないのではないか、と思った。
それは「島国だから」みたいな隠蔽用の「物語」に依拠してきた戦後の
冷戦下の尻尾なのかもしれない。
すなわち、これまで多くの日本人、現行体制を多かれ少なかれ支持して
来た人たちにとっては、民族や宗教の問題について知らなくても良い、
いや、考えない方が都合が良い、という単純なコスト&ベネフィットの
問題でしかなかったのではないか?効率の問題である。

昨今とても支持を受けている書き手の田口ランディ氏が最近の文章で、
カンボジアへ行って自分がいかに無惨に現代史の知識を欠いているか
について独特の、皮膚の痛みを耐えつつ「味わう」かのような文体で
書いている。決めも上手い。上手いとかいう問題じゃないのだろう、
そのへんが資質というやつなのだろうが、一寸小難しい事象に関しても
臆することなくベタとも思えるアプローチをしながら、肝は外さない。

無闇に現代史に詳しいのは、スノッブでイケ好かない男くらいのもの
だったわけだ。このへんのランディ氏の物言い鋭いし上手い。
田口ランディ論はこの際どうでもいいのだけれど、今の日本人の現代史に
対する知識の欠如、無関心の基底には、明白な忘却願望があるのだと思う。
これまでは、細かいこと、その実は全然細かくなんか無いことに対して
目を瞑りさえすれば、それでやってこられた。
生身をさらした紛争地帯の生活者は、別にお勉強して現代史に詳しいわけ
なんかじゃない。異議申し立て、サバイバルに必要不可欠だっただけだ。

そして日本の多くの人にとっても、かつて「大陸雄飛」なんかしちゃった
時代に人々はそれなりに近隣諸国や諸地域の事情に通じていたように、
今後はまた厳しいサバイバルのために知るべきことが出てきたということ
なのだろう。一部の事情通やそれを売りにしている評論家みたいな人が
辛口の警鐘を鳴らす、みたいなことでは無くなってくるということだ。
落合信彦氏の時代ではなく、田口ランディ氏の時代とでも言おうか。
結構好きだけどね、ノビー・スーパードライ・落合のキャラクター(笑)

で、上で言ったところの「その実は全然細かくなんか無いこと」の中には
まずオキナワのことがあるし、アイヌのことだってあるわけだ。
そういうことを70年代「反骨社会派」の芸風じゃないアプローチで
深いところから捉え直そうとする動きが、もっとメインストリームになる
だろう。担い手はどこから出てくるかわからない。徒花もあるだろう。
変革期には沢山の選択肢が提出されて淘汰される。痛みも伴う。
でも何が起きようとしているのか精一杯逃げずに考えてみる覚悟は必要だ。
日本で「ペンテコスト PENTECOST」を書くとしたら、誰が、どんな風に?
野田秀樹氏なら書きおおせることが出来るかもしれないが…。

いったい何から考えればいいのかわからないままに、明日も「静かな大地」
を読む・・・って、新聞休刊日やないかぃ?!(<光速セルフ突っ込み!)
というベタな落ち(?)で、夜も更けてきたので本日終了。




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