「静かな大地」を遠く離れて
DiaryINDEXpastwill


2001年07月03日(火) ピクチャレスクな明治東京とハレー彗星

題:22話 煙の匂い22
画:小豆
話:明治初年の東京を垣間見る

この話全体が、江戸ではなく明治初年の出来事を明治も末の“現在”
から振り返っている、という形で今のところ語られている。

明治初年の東京の写真というのは不思議な色合いをしている。
横山松三郎とか内田九一などの写真師の手になる写真が残っているが、
もちろん当時はモノクロしかない。
それを浮世絵師の手で彩色したのだという。
過渡期の新旧技術の邂逅によるピクチャレスクな明治初年の風景は、
後のムービー・フィルムの登場をも上回る奇妙な視覚体験をもたらす。

「横浜写真」と呼ばれ、外国人への土産物として珍重された写真を
ご存じだろうか?横浜開港資料館が出した図録集などでみられる。
僕は未訪だがきっと開港資料館でも展示されているのだろう。
これがまさに、オリエンタリズム/エキゾチシズムがバリバリの代物。
しかも彩色されているので妙にリアルかつハイパーリアル(ん? 笑)
あるメディアの勃興期、それがまだ収まりどころを知らない時期のもの
というのは、なんとも面白いものだ。きっと「小説」なんかも、ね(^^;

この『静かな大地』絡み、すなわち北海道をめぐる時代ネタで写真という
メディアを考える上で、面白いのは、北海道開拓事業そのものを開拓使が
かなり自覚的に“ドキュメント”として写真を活用していたこと。
北大の資料室にはかなりの量の写真資料があると聞く。デジタル時代に
アクセスの手段が容易になれば、なかなか面白いことになるかも。

もうひとつ、鈴木明『追跡 一枚の幕末写真から』という滅法面白い本
の中で、著者が追った五稜郭のフランス兵の有名な写真の話もある。
綱淵謙錠『乱』で描かれているブリュネやシャノワールと旧幕軍との間
の友情、その立て役者が田島応親。彼の名は山口昌男氏の最近の仕事の
中でも見つけることが出来る。後にニューカレドニアへの移民事業にも
関わったりしている、幕府陸軍の士官だ。
『追跡』は、とにかくタイトル通りのノンフィクションの傑作で、
過去に読んだ本の中でも屈指に面白かった。見かけたら是非オススメ。

で、これらすべてに関わってくる大物として榎本武揚がいるわけだ。
「文春図書館」で御大が“告白”していたとおり、幕末に人物の中で
御大が好きなのが榎本なのだ。外国の言葉や事情に通じていたこと、
技術畑の知識に明るかったこと、北海道と深い関わりがあったこと、
「南洋」への視野を持っていたこと、など思いつくだけでも納得できる。
ちなみに榎本武揚に関しては、エンターテイメント作家の佐々木譲氏が
大作『武揚伝』を、今月にも上梓することが予告されている。
これを僕は待ちに待っているので、きっとここでも大いに話題にしたい。
榎本をローカル・ヒーローではなく、オールタナティブな日本近代を
構想した過激な共和主義者として描く、今ならではの意欲作になるはず。

・・・視覚メディアによる記録の話、書誌的アプローチによる歴史像の
転換の話、そして膨大な史料の読み込みもさることながら作家の構想力
と構成力による斬新な国家イメージ。
これらに対して我らが御大は今、努めて“口承の物語”にこだわっている。
最初のころに僕も書いたが、いま進行している明治初年の物語を由良が
覚えて孫に話せば、平気で記憶は100年の歳月を渡ることが出来るのだ。
そして『お登勢』の世界で忘れそうになっているが、由良が父の昔語りを
聞いている“今”は明治末、20世紀初頭なのだ。
今日の記述にもある通り、札幌から東京へは汽車で行けるし、津軽海峡は
連絡船で渡れるのだ。

依然として由良がいくつなのかわからないが、すでに幼女ではなく、また
既婚者でもないらしい。10代半ばから後半くらいではないかと思われる。
そうすると由良さんから見て「孫」の世代というのは、1945年生まれ
の池澤御大に充分届くわけだ。
明治末に中継ステーションを置いて、明治初年と現在をつなぐ。
その物語を書いている作家もまた、下の世代の子孫を意識している。
…にしても、家系のモデル小説なんぞ書くわけもない御大が、なにゆえに
時代を具体的に明治末と設定したのだろうか?
下の場所にある年表を見ていただきたい。
たまたまではあるがある作家の個人年表である(笑)

http://www.shugakusha.co.jp/kokugo/meisaku/kenji/year.htm

明治43年、すなわち1910年。
「日韓併合」というポストコロニアル文脈なトピック(なんじゃ、それ?)
とともに眼に飛び込む、「ハレー彗星」の文字!
1986年の76年前の回のハレー彗星は、かなり派手に接近したという
記録が残っている。彗星の尾のガスに包まれて窒息するのでは、とパニック
も起こったとか。天体現象にやたらと関心を示す御大が、これを考えずに
時代設定をしているとは思いづらい。
由良さんは、きっと天を覆わんばかりのハレー彗星を見るだろう、
僕が室蘭にいるころに見たヘールボップ彗星よりもずっと大きなハレーを。
そして76年後に空を見上げる子孫のことを思うのかもしれない。

ついでに年譜を見る目を少し下に送る。そうすると3年後の大正2年には、
17歳の宮澤賢治その人が修学旅行で北海道を訪れるのだ!(笑)
由良さんの年齢が 上で類推したとおりなら、ほとんど同世代である。
「詩人・金子みすずのトポス」で書いた、モダン都市トウキョウの誘惑は
札幌に住む由良の心にも及ぶのだろうか?

#『静かな大地』って、こんな想像を喚起する面白い物語です。
 みなさんよろしければ、この併走日録におつき合い下さいませ。
 ご意見、ご感想、苦情、叱責、励ましのメールお待ちしています♪


時風 |MAILHomePage