まめごはんつうしん
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早朝、なんと5時半にまめ子が寝室を出ようとしていました。「こんな時間に起きたらあとでぐずっちゃうでしょ」といって、背中をなでていたら再び寝てしまいました。うーん‥‥起きる前にものすごく咳きこんでいたから、そのせいかなと思ったんですが。 実は前夜、パソコンを立ち上げたまま眠ってしまいました。部屋の電気もついていました。それを消しに行こうとも考えましたが、それをやるとやっぱり、まめ子が起きるよなぁ‥‥と思って、断念。 結局起きたのは8時で「うわっ! 朝食!」と思って慌てたのですが、もっととんでもないことになっていました。下におりると、まめだぁが「ばあさんが血圧が高くて動けなくなってしまった」‥‥!!! 寝てないとめまいがひどくて、身体を横にしてもめまいがするそうです。なんでも自分で「おむつをする」と言いだしたそうで‥‥ 結局、救急車を呼びました。まめだぁが一緒に行きました。ワタシはまだまめ子がいるので、ウチにいるんですが。 この続き、書けそうだったら書きます。いったいどうなるんだろう‥‥
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ここまで、「救急車」というタイトルで、朝書きました。 結局、めまい、だったんですが、入院することになりました。本人が、自宅療養というのはものすごく不安だったらしいし‥‥でも、かかりつけの病院はベットが満床。別の病院に転院することになりました。 でも、転院先は、特に主治医の先生が「大学病院から面倒な患者を押しつけられた」という態度だったそうです。うーん‥‥ 今日は、とりあえず、まめだぁがシュートメさんの付き添いで病院に泊まってます。
相変わらず、いろいろなことを考えています。 もしかすると、シュートメさんはシュートメさんなりに、わたしに許してほしい、と思っている部分があるのかもしれない。なんでだかわからないけれど、そんなことを不意に思いました。 憎しみや恨み、恐怖を手放すことは、難しい。どこかの掲示板で読んだんだけど。そうだね。今はそう思えても、またいつか、どんどん自分を追い込む方向に、行ってしまうかもしれない。ただ、今は、誰かにわかってもらうこと以上に、自分で自分を受け止めてあげようと思ってます。 難しいけど。だから時々でいいから、「またこいつ、同じこと言ってやがる」と思っても、黙って「ふんふん」ってきいてくれたら、すごくありがたいです。 まめだぁが、その方向にいてくれることが、今は一番ありがたい。自分の親が難病なのに、わたしのことまで抱えなくちゃならないなんて、とても申し訳ないと思っている。いつか、笑顔が戻る日が来て、まめだぁがつらいことがあったら、支えられるヒトになりたい。 ただね、「ウチに嫁に来なかったらこんな目には‥‥」って言ってたけど、それは違う。どこにいても、わたしがわたしである以上、こんなことは形を変えてでも起こりえたこと。わたしのココロが、必要以上に「痛み」を真っ正直に受け止めてしまうこと。傷口をたやすく広げてしまうこと。でも、「痛み」に鈍感でなくて、よかったのかもしれない。 感受性が強いとか、繊細だとかって、いいことではないと思ってた。そういう自分を見ないようにしようとして、キレることで自分を守ろうとしていたのだろうと思う。でも、痛みに鈍感だったら、気がつかないこともきっと多かった。いいよ、そういう自分も、少しずつでいい、認めていけたら。すぐには、それこそ、難しいけれど。出来ることが、ひとつでも増えたら、変わっていけるんだろうね。 そしていつか、ヒトの痛みにも思いをはせられるようになれば‥‥
まめだぁが病院に行ったあとのまめ子は、とてもおりこうさんでした。わたしに少し、余裕が出てきたせいかもしれません。明日は、ばんばん洗濯しようと思います。
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