まめごはんつうしん
DiaryINDEX|past|will
| 2001年09月15日(土) |
実は届いていたなんて |
夜中、久々にまめ子に起こされてしまいました。別室で寝ているほかの家族が気づくほどの大音響とともに、泣き声。布団から落ちたんでした‥‥ちょっと寝かしつけたらすぐ寝ましたが。で、わたしもすぐ寝ましたが、今度は明け方から何度も頭突きを喰らい‥‥寝相悪すぎです。おかげで、お昼前に30分ほど仮眠をとる羽目に‥‥とほほ。 で。待てど暮らせど荷物がこない‥‥クロネコヤマトに問い合わせた方がいいのか? とか、いろいろ考えました。今日の分の、わたしとまめ子の服だけでも買ったほうがいいのかなー‥‥と思っていたら、母屋の離れに建っている工場に行った実父が「工場のほうに荷物が来ていた」と言いながら、一昨日持ち込んだ分と昨日持ち込んだ分の荷物を母屋に運び込んでくれました。 ウチの実家、町工場なので、荷物の出入りもふつうのウチよりは多いのですが、仕事に関係ない(?)荷物でも工場のほうに持っていくことも多く、こうなると気がつかないということもあるようで(^_^;)。あー、でも、よかったー。 さて。この荷物の所為なのか、ゆっくり休むつもりでいたからなのか、今日はどこにも行きませんでした。夕方になってからお使いに行ったくらい‥‥これなら、津田沼に行って来ればよかった。イクスピアリの「ラ・ドログリー」にも行きたかったので、津田沼にせよ、浅草橋にせよ、1日ではちょっと移動に手間、というか‥‥月曜日に行くのが、どっちかだけになるなら、それに越したことはなかったのに。うーむ。 ま、メールチェックとか、「−宙」覗いたり出来たから、いいか。留守の間にも来てくださった皆さん、ありがとうございます。 まめ子ですが、この展開だったからなのか、昼寝をかっ飛ばしました。買い物帰りの車でちょっと寝たけど、実家に着いたら起きたので、お風呂に入れて夕飯食べさせて。9時半に寝るなんて久しぶりだ。
☆その間、福島では☆ まめだぁとばぁちゃんの末弟、まめだぁ兄との三者会談が開かれました。兄嫁と姪っ子も居合わせたようですが。 結局、ばぁちゃんにALSの告知をすることにしたそうです。呼吸停止という事態を迎えたとき、どうするのか。できれば本人の意思は尊重したい。でも、今のまま本当の病名などを隠したままでは、それは難しいのではないか。うーん‥‥アメリカのテロもどっかの映画のようだけど、ウチの中がすでにどっかのドラマを見ているような状態だ‥‥うーん。 で。「ばぁちゃんの病状がもっと進んだら、一緒に住む」という申し出が、まめだぁ兄からやはり、あったそうです。でも、それは正直なところ、避けたい‥‥すぐに、ということでは、確かにないのだけど。 しのごの言っている場合ではないのかもしれないけど、生活の仕方が違う二家族がひとつ屋根の下、というのは、難しいと思う。ましてや、決して我々は、仲良くやってきたわけではない。まめだぁも(兄にたいしてだけど)そうだけど、わたしも兄嫁に関しては決していい感情は持ってない。介護よりも、同居がストレスになることだって充分考えられる。 でも、そうなると、まめだぁ兄に別に住居を借りてくれとは言えないから、わたしたちが出るようになる‥‥それも納得行かないなぁ。だいたい、一緒に住んでて、お金の管理とかは? 生活費の分担とか。そういう問題もあるもの。干渉するというような場面も出るだろうし。はぁ‥‥好意をむげには出来ないのは確かだけど、なんか、いい方法はないんだろうか‥‥
☆昨日の「まめつう」について言い訳☆ よく考えたら、最初から「メモ帳」に書いてカット&ペーストすればよかったんですが‥‥ 「まめつう」がエンピツさん、「お買い物日記」がさるさるさん、という体制になってから、直接日記編集のページに書き込むことが多かったんです。すくすくさんの時は、2,500字の文字制限を超えることがしょっちゅうだったので、ばーっとメモ帳に書き込んでから分割しつつ編集、ということも少なくなかったのだけど、エンピツさんは‥‥忘れちゃったけど、わたしでも分割したり書き込み拒否されるほど書くことはないくらいたくさん書けるし、さるさるさんのほうは書きながら文字数確認ができるので、すっかり。 ところが、実家でどのようにしてネットにつなぐかというと、実弟の電話回線を借りるんです。ので、基本的に夜はネットできません。あくまで実弟優先。だから、夕飯の前に一度アップしたかったんでした。 朝は実弟、仕事のある日は朝ネットしてる暇なんかないし、休日は遅起き。ので、14日分の完成版と15日分のアップは16日の朝、ということで。宙巡りも16日朝にします‥‥って、「−宙」に来ているヒトで「まめつう」も読んでます、というヒトがいるのかどうかは疑問なんですが。
|