日常喜劇

2002年10月17日(木) 「2分前のためらい」


都筑はひどく緊張していた。
こんなに緊張したのはもう何年ぶりかわからない。
学芸会の発表を前にした子供のように、
大好きな人を目の前にした初心な中学生のように、
全財産をつぎ込んだ馬券を握りしめたオナジのように、
(どれかといえば3番目が一番近い)ともかく都筑は緊張していた。
今日は10月17日。そしてもうすぐ、あと2分で日付が変わろうとしている。
明日は大切な人の…密の誕生日だった。
一年に一度、その人の生まれてきたことを祝う大切な日。
彼にとっても、彼を大事に思う人にとっても特別な日だ。
彼のために、できる限りもてなしたい。
都筑は、コートのポケットに入っている
小さな包みをそっと握り締めた。
ふ、とため息がもれる。
こんなもので満足してもらえるか解らない。
もちろん、一生懸命考えて精一杯の思いを込めた。
でも、彼はとても繊細で傷つきやすい。
喜んでくれたら、自分もとても嬉しいけれど、
でも、どうしても都筑は自信が持てなかった。
去年、都筑は密の誕生日にとある日用雑貨をプレゼントして
ひどく怒られた。あの時はあれが最高の贈り物だと思ったのだ。
それが裏目に出まくって長いことケンカしていた、というか
一方的に怒られていた。だから都筑は長いこと悩んだ。

密のために−
密が喜ぶように−

その、悩んだ結果がポケットの中に入っている。
意外にも小さなプレゼントになった。
また、不安が胸をかすめる。
あの綺麗な笑顔を見せてくれなかったらどうしよう?
ガッカリさせたくない。笑って欲しい。
落ち着かなくて、都筑は上を向いた。
よく冴えた夜空に満天の星がまたたく。
こんな夜中に外へ呼び出したりしてマズかったかな。
今さら新たな不安が、また胸をよぎった。
その時、気配を感じて前を向いた。
夜軽い足取りで地上に降り立ったのは、夜の闇にも
明るい茶色の髪と、綺麗な碧の瞳が印象的な少年。
都筑の待ち人、黒崎密だった。
「…わりぃ、遅くなった」
気まずげに視線をそらす密に、都筑は微笑んだ。
「ううん。こんな夜中に呼び出しちゃってゴメンね」
来てくれたこと自体が嬉しくて、都筑の声は自然と弾む。
21歳最後の密と22歳最初の密を独り占めできると思うと、
幼稚な独占欲だが嬉しくなった。
だから、ごく自然に言い出すことができた。
「明日って何の日だか知ってる?」
聞いた途端、密がまた視線を逸らした。
「…さぁ?」
その答え方がいかにも密らしくて、都筑は声に出して
笑いたいのを我慢した。気付いているだろうに、
その素っ気無さがすごく密らしい。
都筑はそのまま言葉を続けた。
「密に、受けとって欲しいものがあるんだ」
「…なんだよ」
こんな言い方したらさぞかしキザっぽいんだろうな、と
思いつつ、都筑はサラリと告白した。
「俺の気持ち」
「!」
密が、驚いて目を丸くした。
やっぱりちょっと、気が急ぎすぎたかな。
密の顔がみるみるこわばっていく。都筑はちょっと
後悔したけれど、言ってしまった手前、正直に最後まで
告白しようと決意した。これを渡して、密に自分の気持ちを
伝える。ずっとパートナーやっててすごく今さらだけど、密が
どんなに自分にとって大切な存在か、ちゃんと自分の口で言いたい。
「これ…」
都筑はポケットから包みを出そうとして、その手を止められた。
驚いて見降ろしたら、密がその腕にしがみついていた。
「待って…」
「…え?」
「待ってくれ都筑っ…!」
「え?ど、どうしたの密?」
密がますます、都筑の腕にしがみつく。
密にそんなことされたことない都筑は驚いた。
「…俺も都筑に渡したいものがあるんだ。
…出来ればそれを先に受け取って欲しい」
「密が俺に?」
都筑はまた驚いた。密からもらいものするなんて、
かつてあっただろうか?いや、ない。絶対ない。
「…去年も俺の誕生日にプレゼントもらったのに、俺は結局、
都筑に何も返せなかった…。俺だって、都筑に何かやりたいんだ」
必死の眼差し。腕に抱きつかれ、下から
そんな澄んだ瞳で見詰めれれて、都筑は声を失った。
「だからこれ…」
密はひどくためらいながら、白い紙袋を差し出した。
「…こんなに時間かかると思わなくて…」
「あ、ありがとう…」
感謝の言葉すら、上手く言えたかどうか解からない。
まさか相手の誕生日に自分へのプレゼントをもらうとは
思わなかった。しかも誰でもない、密からのプレゼントを。
「開けていい?」
嬉しくて泣きそうになりながら、都筑は尋ねてみた。
密がそっぽを向いたまま、小さく頷く。
袋の中身は、黒い手編みのマフラーだった。
自分の誕生日が冬まっさかりの2月だからだろうか。
それとも、よく寒いとぼやいていたのを覚えていてくれたのだろうか。
都筑の胸に、ゆっくりと喜びが広がった。誰でもない、密からの
贈り物だからこそ得られる、泣きたいくらいの嬉しさ。
「初めて作ったから、あんま上手くないけど…」
そう言い訳する姿に、胸を突かれた。

このまま抱きしめたい。

熱に似た激情が、体の奥から沸き起こった。
「密…!」
名前を呼ぶことと抱きしめること、どちらを先に行ったか、
都筑自身にさえわからなかった。


(明日へ続きます。さてどうなるでしょう…?)


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