絵画制作日誌    Diary INDEXBACKNEXTHOME GALLERY


金曜日と土曜日(その2)          2001年06月10日(日)

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Park・エスキース

土曜日は、風邪がひどくて朝から寝ていた。
(なんか最近の日記はいつも風邪から始まるなぁ。私はいっつも治りが遅い。)

しかし、恵比寿のアトリエには行きたくて、夕方4:30頃いそいそと出かけた。
最初は電車の予定だったが、相棒にお願いして恵比寿まで車で行くことに。土日パパママがいることではしゃぎまくっているチビは、車の中で遅いお昼寝タイム。
少々急いでいたので、普段乗らない首都高に乗ることに。料金所までスムーズに走っていたのに、料金所を出た途端全く動かなくなった。金取った後は知らん、とでも言われているようで腹立つ。毎度ながら700円返せの気分。おまけに恵比寿駅近くの駐車場は、30分300円、恐怖のメーター。あっという間に1200円とられた。

目黒にあったアトリエが閉鎖した後、そのメンバーの何人かが、恵比寿駅近く元家具工場の一角を共同借りてアトリエにしていた。しかし、そこも立ち退き。あんな駅から近くて立地の良い広い土地を、遊ばせておく手はないものね。私がオーナーだったらさっさとそうする。でもアトリエなくなっちゃうのは惜しい。格安で広いアトリエ。焦がれてやまない。

外見は超ボロだが、中を見てほっとした。大型のイーゼルが何台もたち並び、100号サイズの作品が壁に何点も並べてある。小さな作品もその側でゆったり場所をキープし、棚には絵の具の大缶が。天井が高いのはいい。

10人ほどがビールを飲んでいる。知っている人も知らない人も。知っている人はチビが産まれる前に会ったきりだから、約4年振りだ。もうみんな30代後半だけど、髪型以外全く変わっていない。絵が好きな人たち。

Park・エスキース

自分の個展のDMをみんなに渡した。ここがなくなるとまたみんなバラバラになってしまうのかなぁ。連絡取りようがないのだが、何故か電話番号や住所をきかなかった。

ネットに繋がっていれば、私の居場所はすぐ分かるだろう。でも、ネットに繋がった人はほとんどいなかった。全員メアド持っていてほしい、と勝手なことを夢見る。グループのホームページ作成計画はあるようだ。でも、バイトして生活支えて絵描いてみんなのホームページ作成じゃ、制作担当者は大変だろうな。グループ広告宣伝部部長、と言ったところか。ボランティアだし、抱っこにおんぶにならないようにして欲しいものだ>作成依頼した皆様。お節介な私は「手伝おうか」と言いそうになるのだが、ぐっとこらえた。私も時間が惜しい。というか、本業をいくつも持つわけにもいかない。

いろいろな人とちょっとずつ喋って、適当にいい気分になって帰った。相棒が「やっぱり作品作らなければ!俺も作るぞーー!」と興奮している。ヤツは「顔の照明」を作りたくて、構想15年とか言っている。

でも私は知っている。ブランク後の制作、気軽にやろうとしても結構やっかいなんだよ〜〜〜ん。高揚した気持ちだけはすぐに思い出せるけど、実際に作業すれば昔できたことが今できないのがもどかしい。それを乗り切るにはそれなりに時間がかかるのだ。……と経験者だからつぶやく。

そうは言っても、相棒にも何か創ってもらいたい。どっかに安い土地かってプレハブ建てるアトリエ計画と、イタリア移住アトリエ計画。お金はないけれど、適当に夢も見よう。

by HPY


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