フォーリアの日記
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2日目の今日は旅順へ行きます。
朝食前に散歩をしたら、ホテルの入り口の前に大きな真っ赤な風船のアーチが 3つぐらい重なっていました。 何だろうと思ったけれど道路の反対側にでも渡らない限り近すぎて写真も撮れませんでした。 中山公園に行ったら、ニーハオとしゃべる九官鳥や、独楽を廻すおじさんなどがいます。 体操をする人たちやバドミントン、本格的な太極拳(?)などいろいろやっている人もいます。
朝8時半にロビーでガイドの白さんと待ち合わせて、 旅行社の車に乗って行きました。 運転手は劉さん。
途中海に近いところもずっと通って、 最初に降りたのは東鶏冠山です。 ここには日露戦争以前にロシアが築いたトーチカがあり、 日露戦争の戦場になったそうです。 ここの203高地より港に近いここの山上から まずは旅順口を眺めました。 旅順港の入り口が狭くなっていてバルチック艦隊封鎖作戦を行ったところです。 現在の旅順港は軍港になっているので全部を見渡すことはできません。 旅順に外国人が入れるようになったのも数年前のことのようです。 今日は霧が出ているので203高地まで行ってしまうと見えないということです。
記念塔のようなものも見てその次に旅順駅。 あまり大きな駅ではありませんが趣はあります。 駅の裏(海岸寄り)の道路から向こうは外国人立ち入り禁止だそうです。
次に旅順博物館。ロシア軍の施設で大きな展示室はホールだったようです。 階段は石造りですごく立派な建物です。 近くの旧関東軍司令部の中には入りませんでした。
旅順の旧大和ホテル、川島芳子邸(粛親王邸)などもチラッと見ました。 次に会見所(乃木希典とステッセルが会見した)をみて そこにある瑞金(金が三つ)餐館というところで食事をしました。 ここはガイドさんがセッティングしてくれていたので言葉が通じなくても 問題ありませんが、日本語のできる店員が一人いました。 昨日の夜のレストランで8元だったビールが25元だったのでびっくり。
ここでも日本人(主に満鉄か?)が残して行った遺物を売っていたり 絵葉書を50元で売っていたり、遺物1個と引き換えに1万円の寄付をつのっていたり、 何か日本人相手に金を集めるようなことをやっていました。
つぎに203高地。 ここには途中までは車で入れるのですが、途中から一般車禁止なのだそうです。 専用のマイクロバスに乗り換えて上るとひとり100元だそうです。 歩くと20分ぐらいというので歩いて上ることにしました。 20分と言っても坂が急なのでそれくらいかかったかもしれませんが、 そんなに遠くはありませんでした。
上に行くとまた元気なガイドのお姉さんが203高地の説明の他に五行の説明までしていました。
中国の他の地方からも沢山観光客がきているようですが 旅順の日露戦争の遺跡に行こうなんて言う外国人は主に日本人だろうから 日本語の出来るガイドが各所にいます。
そのあとは車でまた大連に返って来ていったんホテルに戻りました。
夜は徒歩で外へでて、どこかのホテルの7階にある北朝鮮レストランへ行きました。 さすがに言葉が通じなくて四苦八苦。 でもほかの中国のレストランより英語が通じたようです。
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