武ニュースDiary


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2011年08月07日(日) 雑誌記事(外灘画報�◆�

続きです。


神秘のイメージを「打ち破る」

アンディ・ラウが記者に言った。
「ぼくは生まれつき田野を駆け回っている人間で、神秘にはなれない」
彼の言っている神秘とは、金城武のことを指している。
アンディ・ラウが代表するのは、芸能界の大多数のスターだ。
彼らは高い露出率を保たねばならない。
絶えず、映画に出演し、コンサートを開き、様々な商業イベントに出席し、
社会的活動を行い、
それによって、自分の人気の高さを確かなものとするのである。

外部から見ると、金城武はトニー・レオンとおなじく、
主流とは別のマイノリティ・グループに属している
――神秘的で控えめで、全くの異星人なのだ。
「打倒」金城武は、実は特に困難なミッションである。
彼は演技上なら、最も積極的な一歩も踏み出すことができるだろうが、
個人生活における性格面では、変化は非常に困難である。
なぜなら、常に意識的に大衆や芸能界から安全な距離をとっているからだ。

この10年、彼の映画出演は平均して年に1本で、
映画のプレミアのときを除けば、ほとんど外に出ず、公の場に顔を出そうとしない。
トニー・レオンは早くに影帝の地位を確立し、功成り名遂げているが、
金城武はいまだに何の受賞歴もないにもかかわらず、
やはり、映画界での地位を保ち続けることができる。

ピーター・チャンは、金城武は実はとてもかわいそうだと思っている。
というのは、この種の男性は人々とは疎遠であると感じているからだ。
「誰にでも好かれるが、誰も彼と友達になろうとはしない」

金城武には強い自己防衛意識があり、
自分の生活やプライベートは決して明らかにしようとしない。
彼が契約している台湾の福隆経紀公司は、10数年の間、マネジャーを替えず、
マネジャーも彼を保護すること、なかなかに厳しい。
金城武の取材はひどく面倒で、まず、いくつもの審査をくぐりぬけねばならず、
かつ、写真撮影禁止、サイン禁止と、ルールが非常に多いのである。

撮影現場では、監督など以外で、金城武に近づきたいスタッフの多くが、
恐れを感じていた。
彼が現場に加わるとき、アシスタントは、彼は絶対誰にもサインはしませんと言明した。
映画の撮影が終了したとき、彼は撮影チームから去る前に、
30分以上かけてサインをほしがる現場の者たちのノートや写真に
1つ1つ、全部サインをしていったのである。

メイキング撮影担当の小杜は、初めは遠くから金城武を撮るしかなかったと明かした。
3、4日経って、小杜が彼の周囲でしていた仕事を見て、明らかに信頼したらしく、
それからは小杜はやっと近くで彼を撮影することができるようになったという。

ホテルでは、ルームサービスとネットさえあれば、外出せず、
何日も部屋で過ごすことができた。
「ホテルの料理はそんなにおいしいのか?」と聞かれると、
「まずいけど、他の人に面倒をかけたくないから。
ぼくが外に出ると、スタッフを悩ましてしまうんだ。いろんなことが起こってしまった」
と答えるのだった。

金城武が東京暮らしを好むのは、出入りが便利だからである。
だが、両親は台湾に住んでいるので、いつも2つの場所を行き来している。
この世界に入って10数年、金城武は青春アイドルから今日の37歳の成熟した男になるまで、
「家族を守ること、自分のプライバシーをきちんと持つこと、これは決して変わりません」。

「彼に人を信用させるようにするのは、なまなかなことではない」
とピーター・チャンは打ち明ける。
初めて金城武と仕事をしたとき、彼は武が周りの人間を少しも信用せず、
他人の言うことを、いつもすぐそのまま受けとめないのに気がついた。
「仕事を一緒にするなかで、彼に言いました。
周りの人は君を騙すんじゃなくて、みんな善意で、
みんな仕事に必要だからコミュニケーションを撮ろうとしているんだよとね。
そこでようやく彼も少しずつ自分を開き始め、あまり恐れなくなってきたんです」

10月11日は金城武の誕生日だった。
スタッフたちは彼にスペシャル映像を制作して、お祝いにあげようと考え、
ジョウ・シュンにバースデイ・ソングを歌ってもらい、
賄いの女性他そこで働く人々に、彼への祝辞を語ってもらった。
ピーター・チャンは初め、心配した。
「そういうものはやらないほうがいいんじゃないか。
彼の性格からすると、きっと嫌いだと思うよ」
当日、ピーター・チャンはもともと脚本にはないシーンをわざわざ金城武にやらせて、
日が落ちるまで仕事をぐずぐず引き延ばしてから、
また彼を呼んで、モニターの前に座らせた。
実は、モニターに流れたのは、あのスペシャルビデオだったのだ。
金城武は驚き、嬉しそうな顔で、「みんなぼくに言ってるの?」と尋ねた。
後になって、やっとみんなは、彼がとっくにこのことに気づいていたのに何もしらないふりをして、
みんなの芝居が終わるまで合わせていたのだと知った。
ピーター・チャンはため息をついて言った。
「ぼくらは映画を作っているチームなのに、こんなにみんな演技が下手くそで、
簡単に見破られるなんて」

金城武をよく知る人は、彼は相手を信頼しさえすれば、警戒心を解き、
非常に穏やかで優しく、面白い人に変わるのだと知っている。
サンドラ・ンの明かしたところによると、現場での金城武は、
ジェット・リーやアンディ・ラウのような人受けがよく、
いつも人々に取り巻かれて談笑しているようなタイプとは違い、1人で座っている。
しかし、何か問題が起こると――例えばあるスタッフの動作がのろくて、
ピーター・チャンが腹を立て叱りつけたりすると、彼はすぐに立ちあがり、
「大丈夫ですよ、もう1回やりましょう」と、とりなし役になるのだというのである。

北京のプレミアのとき、主なスタッフ・出演者が台上に上がり、
映画のための除幕を行なった。
ほとんどの者がカメラに向かい、幕を取り除いたが、
ひとり、監督の傍に立っていた金城武は気を働かせ、
除幕後に床に落ちた布を拾い上げて後方の椅子に置きに行った。
「ぼくの印象では、彼は非常に聡明な人で、そしてとても教養があり、礼儀正しいですね」
と小杜は言った。

恵まれたパン・アジアの身分を「打ち破る」  23:00

金城武は15歳で台湾の芸能界に入った。
この業界に必要な優れた外形を備えていたが、それ以外は優れたところはなかった。
かつては小虎隊のスー・ヨウポンらやジミー・リンと共に、
レオン・ライ、アーロン・クォック、ジャッキー・チュン、アンディ・ラウの
「四大天王」の後継者としての「四小天王」に列せられたこともある。
しかし、結局、彼は香港で映画に出演して映画界に入り、
日本でドラマに出演して人気を博し、
その後ピーター・チャン、チャン・イーモウ、ジョン・ウーに従って内地のマーケットを切り開いた。

金城武の成功は、芸能界の異例の現象となった。
他の者とは全く異なる道を歩んだのである。
台湾ではマスコミに「あっというまだった」と言われている。

台湾の雑誌「大声志」は2006年に金城武論を掲載し、こう結論した。
「演技が平板で、歌も普通の金城武が人気者になった最大の要因は、
その符号としての意味をもっているところにある」
金城武は生まれながらにアジアに広がる身分を持ち合わせていた――
父親が日本人で母親が中国系台湾人である。
また、外形にも恵まれている――179センチの長身に整った容姿。
そのイメージはある種のミスリアスな「過渡性」に満ちている。
台湾では日本の進んだ「現代性」のイメージを代表しながら、親近感を失わない。
日本では、その台湾出身という背景を生かして、1998年から続けて9年間、
日本アジア航空のイメージキャラクターを務めた。
「大声志」は、このように自在で、曖昧に身分を消し、転々としながら
人に嫌われないのは金城武だけのようだと書いている。

過去の成功は、今日の金城武にとって、諸刃の剣である。
上海の著名な映画評論家、孫孟晋は、はっきりとこう言う。
「人々のイメージにある金城武は、ピカピカに精緻に磨きあげられた顔を持ち、
歳月の痕跡がなく、青春を保ち続けて、ファンを魅了する、というものである。
まさにそれゆえ、人々は、彼には複雑な人生経験がなく、
厚みがあり、矛盾のある役には向かないと思いこんでしまうのだ」

「金城武を他のスターと比べて考えてみよう。
ジョニー・デップはティム・バートンとの第1作『シザー・ハンズ』で、優れた力量を示し、
ゴールデン・グローブ賞にノミネートされた。
金城武はデップより10歳は年下だが、
彼のように自分自身とかけ離れた役柄に出合う幸運には恵まれていない」
「彼の過去のほとんどの役は、『恋する惑星』『天使の涙』
『ターンレフト、ターンライト』も含め、
どれもが美貌で、人に憐憫の情を起こさせる柔弱な男のイメージだ。
ほとんどの監督は、彼のその外形上の特徴を利用してきた」
と孫孟晋は言っている。

ピーター・チャンの映画でも、彼は真の意味での主役をやったことがないのである。
2005年、2人は「如果・愛」を撮った。
この映画はチャン監督の、初めての内地での進出作品でもあった。
金城武の役は比較的薄弱で、過去の役柄と比べても大きな違いはない。
彼は容貌のすぐれた落ちぶれた男で、
恋人のジョウ・シュンに一度ならず振られるが、決して忘れられない。

もう1人の主演男優はジャッキー・チュン。
彼の役のほうが性格が複雑で多面的であり、
その上、得意の歌のシーンがあるので、場面を食ってしまう。
2008年の「投名状」では、ジェット・リー、アンディ・ラウという2人のベテラン俳優が躍り出る。
2人の兄貴は、撮影現場はもちろん、プロモーション時にあっても、
老練でそつがなく、それぞれに優れた腕前を見せた。
金城武だけが、その役のように、シンプルで頭の単純な末弟であった。

「金城武は演技を張り合わないし、人を食うことがない。
バンドなら、後ろでベースを弾いているが、とても魅力的な、そういう人だ。
ぼくがとてもなりたいけれど、なれない人間だよ」
ピーター・チャンは言う。
「ジェット・リーは『投名状』で香港金像奨の影帝(最優秀男優賞受賞)になったが、
金城武は今に至るまで、どんな賞も勝ち取っていないんだ」

「武侠」の徐百九は、初めは狂言回しに過ぎず、
ドニー・イェンの劉金喜こそ、絶対的な主役だった。
ところが金城武が役に対してずっと質問をし、掘り起こしていくのとともに、
ピーター・チャンは絶えずこの脇役に出番を増やし、最後には「武侠」を、
彼とドニー・イェンの2人のヒーローの対峙する物語に変えてしまったのである。

金城武は、今、37歳。
ひょっとしたら、彼は既に意識し始めているのかもしれない、
最も「打ち破る」ことの必要なのは、あの、彼がかつて成功を収めたもの
――例えば生まれつきの身分だとか、恵まれた容姿だとかだということを。
四川方言を話し、ヒゲをたくわえ、隅に引っ込んで……神経質な偏執侠になるのは、
金城武が自分自身を「打ち破る」ために踏み出した第一歩なのだ。  (続く)


この孫孟晋氏の言もそうだけど、その特殊性は大きな要因かもしれないけれど、
「能書き」だけでは、決して人の心をつかむことはできません。
金城武が日本でブレイクしたのは、スクリーンやブラウン管でまのあたりにした、
その一挙手一投足、醸し出す独特の雰囲気、色気に日本の観客が驚き、
魅了されたからに他ならないんですがね。

ま、本文はこれで終わり、残りは本人へのインタビューとなります。



   BBS   ネタバレDiary  9:30


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