武ニュースDiary

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| 2008年07月27日(日) |
美麗佳人(marie claire)��(更新) |
眠くてなかなか先に進めない…… 続きです。後1回。 更新、完結しました。 21:00
11年前に戻ったら
彼は役の本質の把握が的確だ。可愛く、聡明で反応の早い俳優だ。 ――ジョン・ウー、金城武を語る
1997年、東京の喫茶店で、ジョン・ウーと金城武は初めて会った。
このとき、ジョン・ウーはハリウッド進出第1作「フェイス・オフ」の上映を控えて、 わざわざ東京にプロモーションに来ていたのだ。 ちょうど少し時間ができたので、友人のつてをたどって、金城武と短い時間、話をした。 その日、ウー監督は、彼にどんな映画が好きかと尋ねた。 金城武は少しも考えずに答えた、「コメディーです」。 後になってスタッフや友人たちは誰もが笑って言った。 「頼むよ、アクション映画だって答えなくちゃ」。
しかし、正式の一緒の仕事はかなり遅くなった。 10年後、金城武が「投名状」の撮影を間もなく終えようとしていた時になって、 やっとウー監督が電話をかけてきて、 「赤壁」に出てみる気はないかと尋ねたことから、 ようやく彼ら2人の正式のコラボが実現したのである。 彼は言う。 「監督の頭の中にはたくさんの情景があって、 それを少しずつ試してはほしいものにたどりつくんです。 そしてこう言う、『そう! それだよ!』。 それからそういうのをつないでいく。 初めから終わりまで同じやり方しかないのではないんです」
新聞雑誌は、「赤壁」撮影の終わりごろ金城武とジョン・ウー監督の関係が 悪くなったと書きたてたものだが、 事実は、2人は諸葛亮という役について何度も話し合っていた。 羽根扇をどう持ったらいいか、どのくらい高く持つべきか、どんなふうに振り、 指し、ちょっと動かし、あおいだらよいか。 それは師でもあり友でもあるような関係だった。
1994年に戻ったら
そのころ、ちょうど金城武を「恋する惑星」に起用した。 みな、金城武は基本的に野心がなく、ぼうっとしていると言った。 私は彼は本当は多くを持っている、 つまり、すごくきれいなので、みんな彼を美男だとしか思ってないが、 実はいろんな芝居ができる。 ――ウォン・カーウァイ、中央電視台の番組で金城武を語る
1994年、金城武はおそらく「恋する惑星」の撮影所にいたと思う。 かたわらにはウォン・カーウァイ、クリストファー・ドイル、ブリジット・リンもいた。 これが彼にとって初めて脚本を手にしなかった映画である。 普通映画を撮るときは、脚本が支給されるが、 今回もらったのは、いくつか文字の書いてある紙1枚きりだった。 金城武の心に、いったいこれはどういうことだと疑問がわき起こり、 こらえきれずにドイルを見ると、ドイルは何でもないように水を絶えず飲んでいるだけだった。 ドイルに次は何をやるのかと聞くと、彼はごくんと水を飲み、肩をそびやかせて言った。 「俺も知らないんだ」
即興演出という状況のもとでは、誰も何をやっているのかわからない。 金城武はこう言う。 「そのころ、演技しても感情のことは何も考えなかった、 あるいは、感情というのがどういうものであるべきかも知らなかった。 ただ、みんなとても楽しんでいるなと思った」 そのときから、ウォン・カーウァイの弾力性のある撮影方法の影響を受け、 彼は映像制作はまだまだこんなに多くのことができるのだ、 無数の撮影方法があるのだ、ということに気付いたのである。 その後、1995年に「天使の涙」を撮ったとき、 彼は夜中になると肉を売り始める男になることができたし、 大きな母豚の背に飛び乗ってマッサージをすることもできた。
「その時思ったんです、もし演技を続けることができるなら、しっかり俳優をやろう。 俳優はたくさんの違った撮影方法を見ることができるのだから。 歌はやめたほうがいい、おしまいにしよう――」と金城武は語る。
1992年に戻ったら
私が台湾で仕事をしていたころ、彼はフーロンに入ったばかりだった。 ちょっと内向的で、気分に左右されやすく、とうとうとしゃべり続けるることもあれば、 一言も発しないときもあるという具合だった。 ――葉錦添の見た金城武
このころ、金城武はファーストアルバム「分手的夜裡」を出したばかりだった。 葛さんに見いだされてまだ3年だったが、 その濃い眉と大きな目のおかげで、早くも少女たちの人気者になっていた。 現実には、当時の彼はまだ少年で、歌が好きだった。 だが、その歌を歌うのは、みんなとカラオケに行って思う存分楽しく歌う、というのではなく、 ほとんどは1人録音室の中で、そこにいるのはマイクと自分だけ、 ガラスと黒いカーテンの向こう側には大勢の、彼よりも5歳、10歳、 なかには20歳も年の離れたスタッフたちだけという中でだったのだ。
金城武は当時の自分を振り返って、こう語る。 「あのころは映像制作というのはとても面白いなと思っていました。 CD制作と比べると、CDはどちらかというとアイドル商品のようです。 ぼくは自分の考えを詞や曲にできるだけ盛り込みたいと努力したけれど、 その創作の仕事に、もちろん、誰もが注意をむけてくれるわけではありませんでした。 それに、音楽作りの環境は、どちらかというと、 チームの人たちと一緒に室内にこもってやる創作、という感じがする。 映画はそれと違い、1人1人がそれぞれ互いに働きかけあうことができるという感じです。 それはCD制作では感じられないものでした」
今、この1秒間
この業界で、こういう芸能人に出会うことができたのは 非常に得難い、貴重なことだと思っています。 彼は……とてもいい人で、親孝行で、物事に対し、全然功利的なところがない。 一緒に仕事ができて、とても幸せだと思わせてくれます。 ――金城武と長年仕事をしてきたスタッフが語る金城武
金城武が撮影を終え、試着室に戻っている間、 私の前で煙草に火をつけ、吸って吐きだす間、 私は、この1秒間の彼は、本当の彼自身であり、 ネット上に記された、あの無数の単なる名前なんかではないと感じた。
彼は途切れなく話し始めた。 「本当は、人がスターだと言っているだけで、 ぼくは、ただ映像の仕事に興味があるだけなんです。 創作に、少なくとも俳優という立場で参加することができます。 毎日違う人と仕事をするのも1つの勉強ですから。 違う国の人、違う監督、違うカメラマン、違う技巧、どれも勉強になります。 それが物を作り出すことの最大の面白さです。 褒められることは、もちろん誰でも好きですよ。 恋愛物、あるいはコメディーを問わず、 観客が見て気に入る、共感してくれる、それは1つの慰めですね。 しかし、仕事を続けられるのは、映像制作が好きだからこそです」
「以前、写真を始めたころは、何枚も何枚も撮っていました。 でも今は、撮ってもそれで何をするんだ、と思ってしまう。 それでも、撮影や映画製作にはやっぱり興味はあります。 視覚、色彩、表現された画面が組み合わさって、とても面白いものになりますから。
俳優がやりたいと思う映画と、 監督が撮りたいと思う映画は別のものでありうる。 時には、自分がどう演じたいかなんか、全然重要じゃないこともあるかもしれない。 というのは、映画が、第三者の目にどう映るかの方が、多分大事なんですだから。
けれども、この四角い画面は、監督が掌握するもので、 上から撮るか、別の角度から撮るか、すべて監督が決定します。 角度も1つの芸術なんです。 角度が異なれば俳優の演技に60%くらい影響します。 だから視覚というものは、まだまだいろいろ面白いことができるんですよ」 映像制作の話になると、また、うれしくてたまらないという表情になる。
彼は途切れなく語った。 「最近よく思うのは、なんで毎日出番があるのかということ。 普通映画は何日かすると自分の出番はなくなるのに、 どうしてぼくはこんなに毎日毎日撮影所にいるんだろうってね」
彼はまだ話していた。声が流れ続ける。 しかし、私は目の前のこの人を見ながら、 精力的で、まるでデビューの頃のまま年齢が永遠に止まってしまった人間のようだと、 いやおうなしに思い始めていた。 ひょっとして、あまりに早くブラウン管に出始めてしまったため、変わることなく、 依然として少年に特有のある雰囲気を持ち続けているのかもしれない。 かつて南極で潜水し、氷山のかけらを持ち帰ってウィスキーに入れよう、 と言っていたみたいに。 話はいつも短く、しかし好きな話題になると、 「恋する惑星」の何志武のように、1人とめどなく語り始めるのだ。
ただ、より多くの時間は、彼はあまりにも早く隔離されてしまった子供のように、 いくつもの異なる部屋を順繰りに移動しているだけなのかもしれないと思う。 私たちは彼の美しさを見る。 しかし、彼の部屋の内には、閉じ込められていることへの、 ちくちくとした淡い悲しみがあるのかもしれない。
金城武の諸葛亮について
ジョン・ウー夫人、金城武扮する諸葛亮を語る
諸葛亮は西暦208年、有名な赤壁の戦いに勝利したとき、わずか27歳だった。 身長6尺、端正な容貌の男で、劉備の三顧の礼を受けて蜀の国の軍師に招かれた。 金城武本人は、魅力とユーモアと知恵を兼ね備えた特徴を持ち、 この役は彼にあてて書かれたかのようである。
葉錦添、金城武の衣装をどのようにデザインしたか、語る
「赤壁」の諸葛亮は若く策略を秘めた軍事家で、独特な言語能力があり、 思考は綿密、自然現象を理解し超人的な機知がある。 我々は以前、この役をどう造形するか綿密な討論を行なった。 高い冠をかぶり、ひげをひねっているステレオタイプの諸葛亮は、後世の作りごと。 我々は金城武という俳優に諸葛亮を体現させるため、 その若さゆえのはやる気持ちや上品さに重きを置いた。 私は当時のもっとも優雅な装いを採用し、映画全体で彼だけが純白の服を着ている。 その仙人っぽさを表現するためだ。
金城武、諸葛亮を語る
監督の望んでいるのは、若い諸葛亮で、 用意周到、重苦しい諸葛亮ではありませんでした。 そこで、表情も少し穏やかにし、 無邪気で子供のような、はつらつとした面を表現するようにしました。 (完)
BBS ネタバレDiary 1:15
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