武ニュースDiary

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| 2007年12月23日(日) |
孫淳の話●9人の脚本家(投名状) |
俳優(歌手もかも)が「偶像派」か「実力派」か、 あちらではよくそういう取り上げ方をしますが、 TOM娯楽で、この問題をめぐって、ゲストに聞く、というのを 連続してやっていたようです。 昨日、孫淳(スン・チュアン)という大陸のベテラン男優が登場した中で、 金城武への言及があったので、その周辺を抜粋して、少し。
日本ではあまりこういうことが言われないのは、 アイドルだらけのせいでしょうかね。
孫淳:金城武の前途は長い その努力はよく見える
司会者・姜輝 TOMネット利用者のみなさん、こんにちは。 TOM 娯楽英雄会をご覧頂いてありがとうございます。 今回はこちらにゲストとして、めったにネットには登場せず、 マスコミに顔を出すことの少ない、国際的現代劇役者の孫淳先生をお招きしています。
(中略)
司会者 今日は、アイドル俳優と実力派俳優の対決について、 引き続き考えたいと思います。今日は雌雄を決する論題です ――美醜は、アイドル派と実力派を分ける唯一の基準なのか?
私が特に孫先生にお聞きしたいのは、容貌は、 演技者が実力派かアイドル派かを決めるもので、ありうるのだろうかということです。 すごくきれいで、美貌で、あるいはかっこいいと感じることは、 間違いなくアイドル派と認めたことになるのか、 あるいは、外見が平凡で、特に優れていなければ、実力派になるのでしょうか。
孫淳 絶対的な境界ではありません。 黒は黒、白は白、ではない、そういうことです。
司会者 孫先生、あなたは自分を実力派と考えますか、 それともアイドル派の俳優ですか?
孫淳 本当を言うと、そういうことは他人がするべき評価で、 自分が自分を評価するのはちょっとおかしいですよね、 自画自賛みたいに聞こえるでしょう。 しかし、実はどの俳優も、多かれ少なかれ、自分に対してある程度区分をしていて、 私は自分を両方にまたがっていると考えています。 なぜか? 例をあげてみましょう。
映画にはたくさんのジャンルがあります。 例えば夏休み時期の外国映画には、もちろん子供向けがありますし、 サスペンス、芸術映画、商業映画があり、 どのタイプにも、それに合うスター達がいる。 そしてどのジャンルにも、そういうスター達を好きなファンがいる。 これはどのタイプかと、かっきり分けるのは大変難しいのです。
例えば金城武は、1人の男性として見ると、非常にかっこよく、 今のトレンドにあっていて、今のトレンドというのは、 エンタテイメント化の時代です。 芸術は現在、エンタテイメント化の機能でしかなくなってしまいました。 このような中にあって、彼が出演するのはドラマであり、 あるいは夏休みシーズンの映画です。 彼が登場すると、大勢の若い俳優たちは大喜びし、 若い娘だったら悲鳴をあげる者もいます。
異性だけではありません、 私も同性として、男でもこんな容姿の者がいるのか、と思います。 なぜかって? 私はアニメが好きなんですが、 彼のイメージは日本のアニメの若いヒーローにそっくりで、 ちょっとないくらいクールな姿をしていますよ。
例えば、金城武は絶対、アイドル派です。 そのわけは、ファンが映画館に行くのは、 金城武が演じている役の人物を見たいからではなく、彼本人を見たいからです。 こういう境界線を引いたとき、彼はスターなんですよ。
例えば、私の年代では、私は高倉健がとても好きです。 チャン・イーモウが雲南で撮ったあの映画、 「単騎千里を行く」での彼がそうだった。 明快なロジックです、 観客は映画館に彼本人を、高倉健本人を見に行くのであって、 高倉健が演じている役を見に行くのではない。 これこそがアイドル派のスターです。
実力派はどうか? すなわち、彼――俳優自身から非常に離れる、それが俳優の条件です。 例えば、非常に上品でおとなしい人だが、演じる役は、無頼漢の山賊でもいいし、 自分のイメージを変えて、すごく太った人間を演じることもできる。 自分自身に備わった実力がある。 映画館では、こういう俳優が創り上げた役の人物を見るのです。
司会者 それが実力派なんですね。
孫淳 演技派、実力派というのはこういう人たちです。 いわゆる実力派は、この世界で長いことやっていくことができます。 長いこと持続していける、それが実力で、 実力がなかったらやっていくことはできません。 ですから、演技派は、自分に近い役、眼鏡をかけ、上品で とても文化的な感じの人間を演じられるし、同様に山賊も演じられる。 私は虐殺者や変態の殺人狂を演じることもできます。 私は自分をこう見ています。
司会者 別の役を演じることが出来る、それが実力派の証明だ、 と言うのは初めて聞いたような気がします。 俳優の演技を批評して、アイドル派かどうか考える人はいませんでした。 おそらく金城武のような人を、人は美男と思うでしょうが、 こういう俳優は長くやっていくことができると思いますか?
孫淳 私は預言者ではないので、 その人の持っている条件に照らして考えられるだけですが、 青春時代の彼がアイドル派の俳優だったことは疑いありません。 その後、年輪を経て、次第に経験が深まっていきました。 アイドル派であろうと実力派であろうと、演技の殻を破りたいと思うものです。 私は、彼の前途は長いと思います。 彼の努力は見て取れます。 精神にダメージを受けた役でトニー・レオンと共演し、 自分の過去のよく似た役と同じにならないようにできていた。 俳優としてずっと歩んでいくことができるでしょう。 (後略) (TOM娯楽 2007.12.21)
●9人の脚本家 22:00
「投名状」が、いかに長い時間をかけて構想され、 丹念に準備がされたかの一端が、その脚本の成立過程でうかがわれます。 湖南経済網の記事から、一部を抜書き。
ピーター・チャンは、「自分の映画ではいつも脚本家が参加して一緒に討論するが、 この『投名状』は、新記録だった」と語る。 彼が、毎日一緒に脚本に手を入れる監督だということを勘定に入れても、 執筆者は9人にのぼったのだ。 撮影開始前に書かれた脚本は10数編に達する。
「もちろん、脚本家達は一緒に仕事をしたわけではない。 初めはやはり『刺馬』の物語をもとに脚色を始めた。 第1稿の後世は、秦天南が2003年に書いた。 執筆に半年ほどかかったが、方向が良くなかった」
並行して、実はピーター・チャンは香港の李碧華にも 「投名状」の物語の執筆を依頼していたのだが、 これも同様に理念が合わなかったのだった。 どちらも「刺馬」を�狡ナ絃佑惑蓮平径曄砲�好きだったが、 かなわず、逆に馬を殺した�瓩箸いζ雲�愛的傾向のストーリーだったのである。 こういう方向はピーター・チャンが求めているものとは違う。
「その後、私は『如果・愛』の撮影に入った。 クランクアップの当日、須蘭に脚本を依頼した」
「投名状」の概念を含む全ては、上海の女性作家須蘭が提供したものである。 しかし須蘭の脚本は、出来上がった今の映画とはかなり違っていた。
「彼女は私に多くのインスピレーションを与えてくれた。 だが、彼女のストーリーには、主役と関係ないエピソードが多すぎて、 小説にはいいが、映画では表現できなかった」
そののち、かつてツイ・ハークのために「新龍虎門客桟」の脚本を書いた、 何冀平が1ヶ月間手がけた。 同時に、ピーター・チャンは長年の仕事仲間、林愛華(「如果・愛」)にオファーをしている。
「彼女は私のことを一番よく知っている」
クランクインの2週間前、さらに、香港のベテラン脚本家、 阮世生(「金枝玉葉」「忘不了」)に助けを求める。 こうであってさえ、クランクイン当日、 彼はまだ脚本に7割も満足がいっていなかった。
撮影開始後の初めの1ヶ月、毎日のスケジュールは、 「昼間撮影し、現場では黄建新(「求求你、表揚我」の監督)と 郭俊立(「スピリット」)という2人の脚本家と相談する。 黄建新はセリフの1つ1つの修正の手助けをする。 撮影を終えて帰る途中、私は少し睡眠がとれる。 ホテルに帰ったら、許月珍(「金鶏」)と須蘭の2人の脚本家が私を待っている」 というものだった。 話しては休み、ピーター・チャンは脚本を持って撮影現場に行く途中、また、少し寝る。
「その頃、脚本家達は何を書いているか、全くわからなかった。 基本的に、私が求めるシーンを彼らが文字にする、という具合でした」 (湖南経済網より 2007.12.19)
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