武ニュースDiary


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2005年07月14日(木) �猗梢班埒鎰�(昔の記事)

ご無沙汰です。
まず第一には金城武さんが文字通りのご無沙汰で、
ニュースではないけれど、面白そうな内容のものは
か〜なり、歯ごたえあって、すぐには翻訳できず、
第二に、ここのところ時間がとにかくとれず、少し時間があれば
眠くなってしまい……という状況でした。
本日、やや復活(いつまで続くか)。

以下は、前回とおなじ媒体の別の日のものですが、
内容的には、2003年7月27日のDiaryに直でつながります。


金城武 半身不随の謎の真相

少し前、金城武は映画の撮影中、アクションシーンで脊椎の古傷にさわることがあり、
腰痛で耐え難い思いをした。
後になって、台湾の民生報がでかでかと報道した。
「金城武に半身不随のおそれ!」

このような見出しを見て、心中、
「とんでもない! 阿武はあんなに若いのに。それに仕事だって順調だ。
こんなときにこんなことが起こるなんて、ありえない!」
との思いを抑えられなかった。

初めにしたのは、当然、本人に事情を聞くことだ。
だがいかんせん、彼はすでに天津と北京での撮影
(チン・シウトンの映画「冒険王」)に出かけてしまっていた。
戻ってくるのは、8月、「天使の涙」撮影のときになる。

これはどういうことか。
1つは、これらの仕事は早い内に受けてしまっていたので、
個人的事情で仕事を遅らすということはできないから、
我慢するしかなく、ゆっくり養生ができないでいる、というものだ。
悪ければ、「半身不随」になる可能性だってある。
もう1つは、彼はピンピンして仕事に専念しているということだ。

結局、やはりそのわけがわからなかったので、
金城武の台湾の所属事務所の責任者に問い合わせた。
フーロンのヤオ・イージュンは、金城武、チャーリー・ヤンと一緒に
天津に行ってしまっていたが、送ったファクシミリを読んで、
新聞の見出しは少し大げさだと言ってきた。

彼女はこう語った。
「実は、これは、金城武の足の親指が、
最近ずっと麻痺したような感じになっているところから起こってきた話なんです。
たまたま、彼が以前、撮影中にアクションシーンで腰を痛めてしまったとき、
子どもの時おろ学校の鉄棒から落ちて脊椎を傷つけた、
という話が出たのです。
今は腰はもう大丈夫で、大きなアクションでなければ、再発しないはずですが、
今回は、足の親指の麻痺のことだったのです」

聞いた話では、親指が麻痺するようになってしばらくになる武だが、
そのことを一言も口にしなかったそうだ。
後に、何気なく事務所側と話をしていたときに、
問題があるかもしれないことがわかったのだ。
医者に行くのが昔から嫌いで、注射が一番こわい武を、
事務所のスタッフがおどしたりすかしたりしながら医者に行かせた。
その結果、いったん診てもらうと、わからないことが出てきて、
3、4人の医者がそれぞれ違うことを言うのだった。
が、正しい治療法と病因はわからず、武の親指は相変わらず頑固に麻痺したままだ。

「どれを信じたらいいかもわかりません。
ある医者は過労だから何が何でも休みを取らなくちゃと言うし、
別の医者は、靴のせいで親指が十分伸ばせなかったからだと言います」

北京でも彼は検査を受け、本当の原因を知りたがった。
そしていろいろと検討した後、
彼が長いこと履いている靴のせいだという意見が多数を占めた。
であるなら、武が素直にその「旧友」を暫時お蔵入りさせさえすれば、
遠からず回復するだろう。ただ、今回は予想外な収穫もあった。

ヤオ・イージュンは、こう話す。
「以前、彼はどんなことがあっても医者に行かなかったんです。
風邪をひいても数日我慢すればいいと。
今はもう大丈夫ですね。自分から医者に行きますから。
もう若さに頼っていないで」と言う。

ということは、彼は多分、保険にも入ろうとしない?
「彼は大変楽天的な人間で、いつもそんなふうで心配をしないんです。
でも、最近彼は保険に入ろうとしていますね。
彼さえイエスと言えば、私たちはすぐにでも手続きをしてあげるのだけど、
相談している途中でまた他の仕事が入ってしまいました。
9月、�犹余�天王�甼Ρ蕕留撚茲暴个襪箸�にならないと台湾には戻らない。
そのときになったら、また彼の気持ちを聞いてみましょう!」
そう、ヤオ・イージュンは説明した。

年も非常に若く、芸能界での仕事も順調で、
生活に困らず、当然心配事もなく、
所属事務所が仕事はすべて手配してくれるし、
母堂が財政面や個人的な事務関係は管理してくれる。なんともうらやましい。
が、健康だけは他人がどうこうしてやれないものである。
どうやら、彼の場合、まず、自分の健康面に時間を注ぐべきであるようだ。
(取材・菊菊 Young-Express 1995.7.22)


上↑とは関係ありませんが、
KIMIKOさんが送ってくださった古い記事から、
初めて読む内容なので、ごく短いのをおまけに。


19歳の金城武の話である。
アメリカンスクール在学中、端午の節句にちまきを作る習慣があるのは
クラスの中でも彼の家だけだった。
そのころ、端午の節句の前日になると、
彼は数十個のちまきを持っていって、クラスメートに食べさせたのだという。
今年、彼が休学すると、大勢のクラスメートが端午の節句の前日、
次々と電話をかけてきて、一緒にちまきを食べたいと言ってきたので、
自分の思いがけない重要さに、突然気がついたのだった。
(聯合晩報 1993.6.24)


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