武ニュースDiary


* このサイトはリンクフリーです。ご連絡はいりません。(下さっても結構です。^_^)
* 引用は、引用であるとわかる書き方なら、必ずしも引用元(ココ)を表示しなくても構いません。
* 携帯からのアドレスは、http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=23473 です。
* 下の検索窓(目次ページにもあり)からキーワードでDiaryの全記事が検索できます。
* バナーは世己さんから頂きました。
* Se inter ni estus samideanoj, kontaktu al mi. Mi elkore atendas vin, antauxdankon!


目次|前の記事|新しい日記


2005年06月20日(月) 上海映画祭での監督の話(如果・愛)●NDDの頃��

上海映画祭での「Perhaps Love 如果・愛」

昨日閉幕した上海映画祭で、ピーター・チャンが記者会見を開き、
「如果・愛」の宣伝を行ないました。
いっぱいニュースが出ていますが、内容が少しずつずれつつ重複していますので、
気のついたところをまとめて、ご紹介します。


公開時期について
年末年始期には、チェン・カイコーやチャン・イーモウらの大作、注目作がそろい、
この時期で大丈夫かという質問には、
カンヌ映画祭中、秘密裏に映画の一部を海外のバイヤーたちに見せたが、
その結果は、非常に売れ行きが良く、最も高い値段で売れた中国語映画の1つとなった。
これで自信を持ったことと、
海外の上映がみな年末に決まったため、中国での上映も
それに合わせざるを得なくなったことが理由だと、答えています。

宣伝は?
同じお正月映画の「無極」(チェン・カイコー)はすでに宣伝を始めており、
「如果・愛」も8月から世界規模で開始する。
だんだんと�犧�までにないやり方�瓩納 垢叛訶噌鏡�を打つそうです。
最初の強力なカードはジャッキー・チュンで、監督はこのように話しています。
「我々はすでに国際的なレコード会社と契約を済ませており、
映画の主要な出演者全員のアルバムを世界規模でリリースする。
最初がジャッキー・チュンだ。
ジャッキーの歌を聞いた外国人が『イタリア歌劇を聞くようで、
何を歌っているかはわからなくとも、味わえる』と賞賛した」

4人の主演者評
監督の話。
中で一番つきあいが難しかったのは金城武だった。
撮影開始前、7、8日間、私はもっぱら彼を観察し、理解するのに専念した。
7日間は彼との間にほとんどコミュニケーションはなかったが、
8日目になって、私たちは非常に仲よくなった。
その後、撮影は大変親しい状態で進めることが出来た。
彼は自分の感覚を役柄に非常にこめていく俳優だ。
ジョウ・シュンについては今さら言うまでもない。
心理演技が非常にうまい。
ジャッキー・チュンは、私自身が反映している監督役を、きわめて適切に演じた。
チ・ジニについては他の者ほど多くを知っていなかったが、一番の嬉しい驚きだった。
(他の3人についてはかなり省略しました。すみません)
――と、自分のキャスティングの成果に非常に満足しているそうです。

スターを使うことについて
映画祭の会期中、スター映画への批判が出ていたようで
(スターは使いづらい、高い出演料の影響など)、
それについて質問された監督の答え。
「私は第1作からスターを使ってきた。スターを使うことは悪いことなんかじゃない。
出演料の高さについては、それは市場論理だと思っている。
私の起用したスターたちは、みんな高くなかった。
それには双方の理解と信頼が必要だ。
あるスターが高い出演料を要求するなら、それは多分、
その映画にあまり出たくないからだろう。
いい監督なら高すぎるスターは使わないものだ」

映画の題名について
これは、ジョン・デンバーの歌のタイトルから取っているそうです。
「この歌のメロディーがこの映画に合うとは思っていないので、
映画には使っていない。ただタイトルを映画のタイトルにした」(監督)

そして、監督は、この映画にはすべてを出し尽くした。
自分の最良の映画になると確信している、と述べています。
まだまだ謎が多いけれど、楽しみです。



霧から抜け出て、死ぬほど疲れて��

人並みすぐれた独特な容姿のせいで、十五、六歳でスカウトされた彼は、
「アルバイト」でCMに出演するようになった。
19歳でファーストアルバムをリリース、
その後、ずっと順調で、歌も映画もオファーが絶えない。
CDは、1年に1度、納得のゆくものを出すやり方を貫いている。
映画は、レスリー・チャンやアニタ・ユン、マギー・チャンら
香港のスターたちと同じように、「数をこなして演技を磨く」訓練の最中で、
勉強にいそしんでいる。

ここ2年間、香港・台湾の映画界は不景気で、他の者はみな半分お休み状態なのに、
彼は台湾、香港、中国、日本、アメリカといたるところで
出演してもしても契約は終わらず、
7月以降は、台湾・香港のトップ映画界会社の龍祥、学者、嘉禾の3社が
相次いで彼の出演作「パラダイス!」「暗黒街」「ダウンタウン・シャドー」を
公開する上、さらに年代が、まもなく日本映画「Mysty」を上映の予定だ。
これが彼の人気ぶりを証明するものであることは言うまでもない。

もし、夏休み時期にこれだけの数の出演映画があることに驚かないというなら、
彼が仕事をした監督のリストを見てみるといい。
朱延平、ジョニー・トー、ウォン・カーウァイといった、最もコマーシャルな監督から
最もアーティスティックなクリエイターまで、
そろって金城武に大スターの素質を見出し、磨き上げる手をますます速めており、
まばゆい光芒があたりに放たれる日も近い。

7月、天気雨の降るニューヨーク、タイムズスクエアには、
7色のネオンの看板がきらめき、濡れた道路に反射して、金を流したパレットのようだ。
ミラ・ソルヴィーノと「ニューヨーク・デイドリーム」を撮影中の金城武は、
製作会社の手配で、ポストモダン風建築のパラマウントホテルに滞在している。

タイムズスクエアの中心部にあるこのホテルは、門構えも看板もなく、
ひっそりと目立たないことに誇りを持つ。
2つのガラスドアが、外の定まらない天気と俗世間の騒がしさから隔離しており、
ものの値打ちのわかる人間なら、自然に探し当てて来るだろう。

金城武は上の階の部屋から降りてきた。
日に焼けた健康な肌に長髪、1カ月あまりの撮影にも少しも疲れが見えず、
若さこそ、この世界で食っていくための最良の元手だということを証明している。

彼が朗らかに笑うとき、首にかけた仏像のペンダントが揺れる。
まさに日一日と成熟していく男は、取材中、
しばしば子どものような率直さといたずらっ子ぶりを発揮し、
神仏さえおとなしくさせておくことはできない。
コーヒーをすすりながら、低くて太い、少し鼻にかかった人をひきつける声で、
金城武は「プレミア」との対話を始めた。   (続く)
(プレミア台湾版 1997年8月号)


BBS 23:50


前の記事|あさかぜ |MAIL

My追加