武ニュースDiary

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| 2005年06月12日(日) |
「当代歌壇」最新号から |
カクタスクラブさんからお知らせが来ていた中で気になっていた、 大陸の雑誌「当代歌壇」、昨日、渋谷に行ったのでついでに見て、 購入、ビオテルムの両手をおろした正面のポーズのポスターが付録について、 巻頭に同じくビオテルムの白Tシャツの写真2枚が見開きに、 ビオテルム関連記事が写真つきで1ページ、 「如果・愛」関連記事が1ページで、これは買ってよかったです。 以下、その記事から。 1本目「男色日記」と題するものは、連載コラムなのかしら?
男色日記・金城武

私は、自分が色好みであるのを隠しはしない。 素敵な男性を見れば、鼻血を出すには至らなくとも、 動悸が激しくなるのはまぬがれない。 色好みは人間に本来備わるものであるから、少しも恥ずかしいとは思わない。 それどころか、自分の好色ぶりを自慢に思うぐらいだ。
男でも、実は、ありふれた顔と、個性的な要望と、本当の超美形とを見分けるのであり、 本物の美形に対しては、男でも女でもその魅力には抗し難いものだ。 金城武はこの絶世の美形に入る。 だからこそ、彼が上海にやってくるという話が流れた後、 そういうイベントには慣れているはずの編集部の女性たちが、 たちまち浮き足立つ様子が見られたのだった。
1985年、ビオテルムが世界で初めて男性用高級化粧品を世に出して、 今年でちょうど20年。 この重要な年に、ビオテルムは全く新しい �狠羚颪離ぅ瓠璽賢瓮�ャラクターを送り出した。 彼は、自然で、スタイリッシュで、抜きん出た風格を持ち、 1つの商品のみならず、生活理念と精神的な目標をも表しているという。 自然でシンプルで、きわだつエレガンス、 スタイリッシュな動的感覚、充ち充ちる男性的な力強さ、 こうした全てが現代都市のエリート男性の完璧なイメージを体現すると。
彼とはすなわち金城武。 アジアで最も勢いのある人気スターとして、一流の監督達の寵児であり、 美貌であると同時に深みのある男として、 控えめな生き方を選び、自由な暮らしを求める。 このようなシンプルでしっかりした男性である彼の魅力には、 誰であろうと抗うことはできない。
これは武にとって初めての化粧品のCMであり、 それまでの商品とは違っている。 化粧品のCMは他の商品よりさらに入念な作りが要求されるが、 プロの俳優にとって、もちろんそれは問題にならない。 風格がブランドの求めるものに応えられさえすれば、 彼はシンプルに、軽やかに表現しうる。 しかし、化粧品ブランドのイメージキャラクターでありながら、 武自身は、何が�爐�しゃれ�瓩任△襪里�わからないと言うのだ。 人はそれぞれ自分の風格を持つべきで、 自然に自分がおしゃれだと考えるようにすればいいのではないかと、彼は言う。 自分自身のことで唯一おしゃれな習慣と言えるものは ジャズを聴くことぐらいだと言って、その場を煙に巻いた。
彼はまた、美容について、1つの生活態度であり、 各人の価値観を表しているものにすぎないと答えた。 以前は美容、例えば髪型を工夫したり、 肌を手入れしたりするのは女性の特権だった。 今日では、美容を試す男性はますます多くなっているが、 これはその人が求めてするもので、回りがあれこれ言うべきことではない、と。
1人のスターとして、武は、自分も白粉や眉を描いたりなどの メイクをしなければならず、デビューの頃は奇妙に思ったが、 俳優としてこれらは仕事上必要であることが、 だんだんとわかるようになったと語った。
武の肌は大変きれいで、浅黒く、つやがあり、 手入れにはかなり心を砕いているのではないかと思わせるが、 実は、彼自身が美容に関してすることは洗顔だけなのだ。 しかも洗顔のたび、周りじゅう水びたしにしてしまうと話す、 その一言一言が、人に様々な思いを引き起こす、 そのセクシーさには誰も及ばない。
もう1つは、「Perhaps Love 如果・愛」の4月20日の会見関連の記事です。 映画のタイトルにひっかけて、「もし、……なら」という小見出しを使い、 武とジョウ・シュンについて書かれていますが、武の部分だけ訳出。
もし、彼が来ていれば……

大勢の人が金城武がやってくるのを楽しみにしていた。 発表会にはふだんほとんど行かない、 私のような芸能記者さえ出かけていった。 だが残念ながら、彼はついに姿を現さなかった。
考えてみれば意外なことではなかったのだ。 彼はいつも控えめで、万やむを得ず、というとき以外は、 出なくてすむものには出ようとしないのだから。 こうして今カメラを逃げることが、ひょっとしたら、 次の機会に、よけいに追い回されることになっているのかもしれないけれど。
こういう点が監督ピーター・チャンをひきつけたのでもあるから、 いつまでかわからないが、人に神秘的な感じを与えるのは良いことであるのがわかる。 チャン監督は言っている。 「金城武はあんなに若いのに、どこに出かけるでもなく、 香港のパパラッチでさえ写真の1枚も撮れない。まさに神秘的だ」
そう思って、ピーター・チャンは、金城武のために1つのストーリーを作り上げ、 一風変わったロマンティックな愛を彼に背負わせた。 架空の人物ではあるが、その役には金城武の影がある。 「彼には生きることの中で生まれてくる憤りがある。 映画の中の役は、彼のあの何びとにも何物にも なじもうとしないような感覚を持ったものになる」
考えて見れば、もし彼が来ていたら、 この発表会はおそらく彼1人のためのものとなっただろう。 誰もが様々な質問を繰り出して、 彼はいつもの通り、淡々と、愛想よく、他人行儀に、 自分にとって大したことではないことについて話しただろう。
もし彼が来ていたら、ひょっとしたらかえって良くなかったかもしれない。 特に、今のような、その身分と血筋が人にいろいろ考えさせるような時期には、 来ないことも良かったのかもしれないのだ。 翌日の芸能新聞の記事は中身の足りないものになったけれども、 聞いて嫌にならない内容が多くなることにはなった。 どうせ、映画が公開されれば、 彼はいつでも我々の前にすがたを見せてくれるのだから。 (当代歌壇 2005年5月25日号)
ところで、昨日、香港の東方日報に出た「Inerview」に関する記事から、 聯合報と重複しない部分を抜き書き。
「ラガーフェルドは金城武の顔の輪郭がくっきりしており、 足のつま先もすごくいいと絶賛した」
「マネジャーのヤオ・イージュンによると、 カール・ラガーフェルドと仕事をすると知った金城武は、 この巨匠がどんな人かわからないので大変緊張した。 しかし、会ってみると、とても親しみやすく つきあいよい人であることがわかったという」
「金城武は、巨匠がこのように自分を気に入って認めてくれるので、 もちろん非常に嬉しかったし、彼がプロフェッショナルで、 仕事もきびきびしていることをとてもいいと思った。 撮影が終わってからインタビューになったが、 ラガーフェルドは立ち去る時、わざわざ金城武のところまで来て 別れの挨拶をしたので、彼はラガーフェルドを大変気さくで 少しも偉そうなところのない人だと思った」
撮影は2時間。 たくさんのオファーについて、ヤオさんは、 慎重に選び、あわてて決めることはしないと語っていたそうです。
BBS 16:00
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