77歳を迎えたお義母さんのお祝いは 日本最古の結婚式場の一室を借りきり、 お義母さんの好きな中華料理で、円卓を三兄弟の家族と囲んだ。
お義母さんの体調とか、何かの時の着替えとか、もろもろ心配ではあったけれど 朝のヘルパーさんも準備を見てくれて、義弟が車で迎えに行ったときはちゃんと出かけられるようになっていたようだ。
当日の朝ご飯とその晩ご飯・翌朝のご飯のことは前日の午後のヘルパーさんが準備をしてくれてて このあたりのことは私も義妹とも連絡済で、まずは安心して晴れの日を迎えられたのだった。
子どもと孫、みんなからのお祝いのプレゼントとして、 とてもお義母さんに似合う品の良いゴールドベージュのワンピースアンサンブルスーツを、 前日にお義姉さんが奇跡的に見つけてくれていて、 女の子の孫二人からリボンのついた箱で贈呈、そこで お手洗いに付き添われてお色直しもして、いつもよりきれいな装いになったお義母さんは、喜んでくれていた。 お義兄さんが「おかあさんも女性だね」って そりゃそうなんだもの。
お義兄さんが中心になって企画の際、アニバーサリーコンシェルジュの人にも相談したそうで バースデイケーキや写真撮影のサービスもナイスだったけど、 この、奥まった個室のほぼ専用と言ってもよいお手洗いが、お義母さんが時々使うのに気兼ねがなくて本当に良かった。
もうお義母さんは、久しぶりに集まった嫁や孫の誰が誰やら、そこで飛び交う会話のほとんども理解できていないようだったけれど 何かしら自分が華やかな席でオシャレしていて、祝われていて、息子たちやその子たちがにぎやかにしている、それだけは きっと感じてくれてて、 たまに自分の世界にさまよっているような表情もあるけれど、機嫌よく過ごしてくれていて デザートの杏仁豆腐を、銀杏豆腐と言い間違っていたお義母さん昔の逸話にも、ちょっと何か当時を思い出せたのか笑っていた。
息子と娘の服は、こないだ実家の母が買ってくれていたのだが、なかなかよく着こなしていた。 久しぶりに一堂に会した孫たちは、もういっぱしの大人のようになっていて、わきまえた会話を楽しんでいたし たとえお義母さんと100%通じなくてても、この機会に子どもたちが楽しくこの縁を過ごせていることは、 結局はお義母さんにとっても幸せなことだろうと思う。
帰りはまたお義母さんのことは義弟家族が車で送ってくれて、義兄家族と私たちは電車で帰った。 日差しは強く、目黒の坂道を、頑張って歩きながら、でもお喋りは弾んでいた。 娘と私は渋谷で別行動になって、彼女の靴を買った。通学用と、普段用。(サイズがもう私より1センチも大きくなっててなにもかもキツくなっていた)
雨は私たちが帰宅してからどんどん降ってきた。お天気にめぐまれたことも感謝。
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