| 2011年04月14日(木) |
(若い命にも)毎日手渡すもの・されるもの 遺産ののこしかた受け取り方 |
おともだちの出産予定日が近いらしい。
だから原発の是非はいま、よくよく注視したい。 未来人によかれと思うものを遺すよう遺すような意識を 発信して過ごしたい。 それが子どもの代への遺産の、その都度その都度の渡し方かと。
去年まで私は、何かのイベントを控えたときくらいしか、 真剣に天に祈ってなかった。ゲンキンなヤツでした。
あ、祈る祈る言ってるのは、決して何かの宗教団体や、私欲の思惑に巻き込まれてるわけじゃないから。 自分で勝手に手前味噌なやり方でやってるから。
で、祈り方も結構自己中だったんで、それを反省させてくれたのは (恐れ多いがやっぱり)震災のせい。というか、おかげ。いややっぱり「せい」と言いいたい。でもなくなった方々に対しては「おかげ」
普通の毎日、普通のこのカラダ、普通の出来事。 これらが思った以上に有限でかけがえがないものだったと 改めて気付かされ、 しかも古今東西膨大な人々と人じゃないもののおかげで奇跡的にもらえた贈り物だったんだと気づかされ、 何もこれといって起こってないときにも、それに対して深々と「頂きます」だな。 恩返し方法は、うーん、やっぱり、自分を大事にすることと、同時に ひとよかれ精神を目指したい。 いつ到達するか、とにかく目指さないとなあ、と思う。
で、ありがたいことに、(昨日のこと) また祖母や母と一緒に子どもを過ごさせてもらう時間に恵まれた。
妹に久々に会えた。仕事が忙しいようだ。それ自体はありがたいことだけど。 その合間を縫って、私達に防災意識や生活意識を向上させるヒントを発信してくれてる妹。 ひとよかれの精神で生きてる彼女に洗われる。 彼女に伝言。わかった。ありがとう。
母からは防災に役立つ品や貴重な水が詰まった小包が届いた。 ひとよかれの精神だけで生活しながら実家はいつも本当にキレイ。 (私はこの母のこういうキチンとしたところを、何故、引き継げていないのかしら)
叔母も父も母や祖母を支えながら、ひとよかれの精神を発揮してくれている。
祖母は私や息子に大正生まれの人の軌跡を思い起こさせてくれる。たとえ沢山の何かを忘れ失っても、覚えているもののことを。 厳しい時代環境の中で、必ずしもひとよかれの精神だけじゃ生きては来られなかったであろう祖母の 今のすがたは、 でも無自覚のうちに私達に何かの試練と思考を与え続けてきた。
息子は、またカラオケや百人一首で遊ばせてもらいながらも、さりげなく、その選曲や振る舞いなどで 少しずつ、ひとよかれの精神が育っていることを私に気付かせた。
祖母の親が祖母を身籠ってから百年近く経つわけだが。
桜がきれい。癒してくれる。もうすぐ散るけど。また来年も咲くならありがたい。
たしかに遅かれ早かれこの地震大国にまた大きな地震は来るのだろう。じゃあ、 遺され生かされた私とかに託されたのは何だったか。 節約して義援金をお送りしたりするだけじゃない。
自然の妙と人の努力の結晶でこれまでの(そしていまの、これからの)個々の人生が成り立っていることを しみじみ、かみしめ「頂きます!」って思いながら どうってことない毎日にも感謝する心を 自分にも今一度刻み込んで、かつ、子どもたちにも 周りにも、その意識を醸し出して手渡しながら生きる ・・・・これを毎日繰り返すことだと思う。
だから原発の是非はいま、よくよく注視したい。 未来人によかれと思うものを遺すよう遺すような意識を 発信して過ごしたい。
このWEBの日記も、始めた当初は、遺言的な動機―――、 自分の思考を晒しておいて、いずれ子どもに見せて反面教師にしてもらおうかという 動機が入っていた。けど、
電子情報なんて儚くて脆いものだ。 だから、そんないつとも知れない先のことじゃなくて、 時々メンテナンス的に自分を見つめては その意識(人としての一生を貰えたことが、どんだけラッキーだったのかっ!だれらの何達のおかげだと思ってんだっ!皆が皆、そういうラッキー存在じゃないか!という意識) を、 毎日の言動に滲むように生きて毎日刻々と手渡しておくほうがいいだろう。 相続税より贈与税がお得になるかもってそれは関係ないが 我が子に直に手渡せなくても、世の中に皆で意識を醸し出していけばそれが次世代への遺産になる。 同時に 世にあふれるその、前世代からの見えない遺産を発掘してちゃんと、受け取っておかなくちゃ。
というわけで今日も、防災意識保ちつつ普通の生活をします。午前8時半。
後日追記: 日経新聞にも載ってたけどネットニュースでも見た次の記事にしみじみと思う。 先人の教え、津波から住民守る 宮古市の姉吉地区 (共同通信) 「「此処より下に家を建てるな」。過去2度の大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市重茂の姉吉地区では、11世帯約30人の集落の建物がすべて無事だった。守ったのは、先人が石碑に刻んだ教えだった・・・」http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_tsunami__20110418_3/story/18kyodo2011041801000092/
|