| 2011年03月13日(日) |
このたびの東日本大地震とりあえず覚えメモ+3日間の日記追加 |
記事、一部訂正します。募金窓口について気になる情報提供がありましたので↓
「被災した個人に直接に現金を分配できるのは、地方自治体だけです。 被災地の市町村の口座への直接の寄付でなければ」 「報道局関係などよりも、現地の市町村へ直接寄付しましょう。振り 込めば良いだけです。」
東北地方太平洋沖地震に係る義援金の受付窓口(口座) http://www.pref.miyagi.jp/syahuku/miyagi_gienkin/ 日本郵政、被災地への義援金送金を無料に
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819694E3E6E2E2E18DE3E6E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195164008122009000000
☆とりあえず、一昨日からのウチの非日常は後日ゆっくり記したいが 東北地方で被災された方々のことを祈りつつ、復旧を強く願いつつ 今後の情報を注視。
☆災害ダイヤル171
☆↑携帯用災害伝言版は各社のトップページからリンクが貼ってある。
☆携帯電話充電器品薄。手に入る時に多めに買っておくべき。
☆妹からの情報:放射性物質への抵抗として大豆系と海藻(ヨード)系を摂取しておくとよいらしい。
☆娘の中学校で泊ったとき思った:アルミの薄いケットは少なくとも3枚はないと充分な保温ができない。
☆鉄道が動かないときはタクシーやバスも乗れないと思ったほうがいい。徒歩帰宅が無理なら会社や学校等で泊まれたら泊まるのがベスト。
☆震災直後は携帯メール受信はこまめに「新着メール問い合わせ」をしないといけない。
追記 11日からの日記。
東北の被災地の状況に比べたら、ここ東京は平和で申し訳なかったが それでもかなり緊張せざるをえないイレギュラーな日々だった。 その生活の記録。(先の記事にもう少しこまかく追加)
☆11日金曜日
その前日に、入学する大学が決定したので、息子が 午前中、やっと参考書や問題集の落ち着き先に着手しはじめた。 記念にとっておくもの・来年までもしかしたら使うもの・リサイクルに出すもの・妹のために捨てずにしまうもの、 4分別。 全てスッキリとはいかないまでも、 私も少し手伝った。
昼近く、 彼が受けて届かなかった国立の試験の個人得点結果が、合格最低点などのデータとともに速達で配達された。 開けて苦笑いする息子。まあ、普通に考えればスッパリと諦めのつく結果だった。
昼食後、私は銀行へ、その前期授業料の振込と、引落口座設定の手続きに、 息子は、駿台自由が丘校へ進学先の報告&TOEFL-ITPの参考書(入学前の英語クラス振り分けテスト用)を買いに出かけた。
娘は学校で学年末試験最終日のあと、そのまま部活。 私が帰宅した時点では誰も帰ってきてはいなかった。 入学手続き書類が全て揃ったので、それを封入して、 郵便局へ行こうと思ってコートも脱がずにいたら、あの激しい揺れ。 テーブルの下にいても収まらない。そのまま外へ出た。木につかまりながら携帯でネットニュースを見る。 宮城で震度6強?という情報が目に。 子どもたちにメール。早めの帰宅を促し、エレベーターは使わないでって。
義母の家に電話したら、知らない男の人が出て。間違い電話。 もう一回かけてもまだ間違い電話。 おかしい。番号を見ながらもういちど。でも間違い電話。 何これ!?夫に状況をメール。
何を持ち出そうか考えながら、とりあえずハンコやクレジットカードや、チョコレート、「朝バナナ」ゼリー、薬、携帯カイロなどわけもわからず鞄に放り込んで、防災ずきんも手元に置き 手続き書類を抱えて、まず郵便局へ。 受付でまた大きく揺れ。書留書類の重さが、なかなか測れなくて時間がどんどん過ぎる。
その書類をなんとか出せて、急いで帰宅したら娘の中学校から緊急メール。 鉄道路線がほぼ全線、運転見合わせ。 生徒はしばらく校内に待機中とのこと。保護者の迎えを待ってるっぽかったので。 火を使うのは怖いから、炊飯器セットと、レトルトカレーだけをおいて、まず息子の帰りを待った。
自由が丘から歩いて帰ってきた息子が、最初の揺れに遭遇した時は、塾に掲示してある合格短冊たちを見ていたらしい。 興奮気味に語る息子に、色々諸注意を伝えて、娘を迎えに出発した。 その前にもう一度お義母さんに電話。繋がった。 さっきのは何だったんだ。平常心を失ってた私のせいだったか。 元気らしい。ヘルパーさんも一緒で、無事とのこと。 実家や妹も、とりあえず無事とわかって安堵。
停留所に来た渋谷行きのバスは異常な混雑というか、既に寿司詰め状態で 乗ったはいいけど、料金支払いのパスモをかざすところまで手が届かない。無理無理に前へ。 そのあと停まるたびに人がどんどん乗ってきて圧縮度合いも限界。重量制限だいじょぶか。いま事故ったら確実に・・・。
終点の停留所まで渋滞でたどり着くのが甚だしく遅い。 とにかく異様なほど、人人人。何が何だか。 夫にメールなどが返信ないので、新着メール問い合わせをやったら、まとめて各方面4通ぐらいが時間差の内容で受信されていた。 直接の通話は全く通じない。 メール問い合わせするたび、一通、二通と、どこかに行ってたいつのだかわかんないメール返信が ぽつぽつ来る状態。 ※この時点で私の頭には「災害ダイヤル171」の存在は忘れられていた。
夫は、会社に留まることになったらしい。この災害のせいで、システムを夜通し見張るはめになったとか。
中学に向かう前に、娘たちがお腹空かしてるかなと 東急のれん街でおにぎりでも買ってこう、とデパートに入ったら おにぎりだとかお弁当の売り場には長蛇の列。 諦めて、すいてるお店でミニどら焼きを10個くらい買った。
学校事務受付にきいたら、生徒はもう部活単位ではなくてクラスごとに待機している。 娘のクラスにはちょうど10人いたので、どら焼きを提供したら、まるで奈良の鹿たちのようにすごい勢いでやってきて 「ありがとうございます!」「これであと二時間生き延びられる!」とかいいながら食べる子たち。 もっといっぱい買ってきてやればよかったな。
職員室に申し出て娘をトイレに行かせて連れ出し バス乗り場に向かったら、 さっきよりももっと非常な混雑になっていて しかもバスがほとんどくる気配もなく、 そうかといってタクシー乗り場はもっと長い列ができていて めまいがした。 その間に新着メール問い合わせもしてみたが 妹からメールあり。妹の娘のiちゃんが渋谷で立ち往生中らしいと。(義理の娘なので社会人) 非常に気になるが、とにかく自宅の方面の乗り場に並び、しっかし、待てど暮らせど、待っているバスは来ない。 タクシー列の動きもノロノロだ。 私は渋滞ってものを甘くみていたようだ。 並びながらiちゃんにメール、返信がなかなかこない。 時間ばっかり過ぎ、そうかといって列を離れたらもう帰れない気がし。娘と凍えそうになっていたらまた学校から一斉メール。 帰宅困難な生徒&迎えの保護者が学校に泊まれるようにしてくれるそうな。 こりゃもうまた学校に戻ったほうが良さそうだ。 iちゃんにその旨をメール、妹も学校の場所を連絡してくれてたらしい、が、その前にどこかあったかいところは!と 周辺の建物に寄ってみたが 地下鉄構内は封鎖、東急プラザも閉鎖、マークシティもトイレすら使わせてくれないって、ひどくない?
学校に行く途中のカラオケ館には入口に人があふれていたが、一応営業中のようだった。
学校へ戻ったら生徒と親は別部屋だった。というか親で迎えに来ていたのはほんの数人。 みんな、自宅で子どもを待っている作戦なんだな。というか、ここまで来られないよね。 数名はなごやかにおしゃべりをしていたが 私は、さっきのバス停での冷えで半ば具合がアレでどきがむねむね(死語)してたので ひたすらじっと体力温存しながら新着メール問い合わせばかりして ろくに食べないうちに夜は更けていった。 備蓄の防災キットの中身は、美味しくはない水、硬いパン、そしてアルミの薄い防寒ケット(ほんとに薄い)だった。 一人ひと箱にこだわらず使って良かったらしいが 一枚のケットで、コートを着たまま寝ようとした、しかし。 床からのダイレクトな冷えが堪らない。 くるまり方を模索するたびにガサガサと音がたつので 寝にくい。
息子に、帰れなくなったとメール。「泊るところあるの?」と心配そうだったので 学校内でちゃんと泊まれるから大丈夫だと返した。 iちゃんが無事にバスで帰途につけたという知らせも届く。 エコノミーシート症候群を防ごうという妹からのメールもあり 教室の大きなテレビモニターには、一部の路線が運転再開した情報とともに 宮城の津波の想像以上な被害が映し出され ああ、ここでさえこんなに不安でしんどいのに、あの現地の皆さんは!とひたすら祈り過ごし。
☆12日土曜日
肩も背中も痛くなりながら夜明けを待って娘の教室に行ったら、生徒たちもやはりケットで俵おむすびのようにくるまれ 寝ていた。 始発に乗る気でいたけど、もう少し寝かしておこうかと。
外の寒さがやわらぐのをまって娘を引き取り、渋谷駅へ。 ゆっくりしたペースで電車は運転を再開している。 夕べはトランプで「大富豪」や「ババ抜き」を楽しんでいたらしい娘ら。「だってヒマでヒマで」 なんとこの非常時に、意中の同級生に告白した男子がいたらしい。しかも廊下で。その後、どうなった?
トークスで菓子パン買って 帰宅したら、お茶で、まずはそれに食らいつく。そしてバナナと魚肉ソーセージ。 朝刊の見出しの大きさに驚く。 そういえば前日に来た生協の保冷箱、 冷凍食品だけはしまっておいたが、野菜などは後回しにしてた。 それを冷蔵庫にしまいつつ、夫や親戚に状況報告メール。 洗濯物を急いで処理。 そして息子は、まだ寝ていた。 食事やお風呂をきちんと済ませた形跡があるが 4人分炊いたはずのご飯が、どこにも残っていない。 レトルトカレーは一食分しか食されていないのに。 起きてきた息子にお茶と菓子パンを出してその件を訊いてみたら なんと無理に全部食べてしまったそうだ。は?何それ・・・。 ともあれ、留守を守ってくれてありがと。
昼近く帰宅した夫。やっと家族4人揃った。うどんゆでて食べる。温かい食べ物が口にできるありがたみ噛みしめ。 そして、眠い!寝る。 が、娘、起きて何かしらやっていた。なんでそんなに元気があるのか。
2時間くらいは寝られたけど余震たびたび。心配。 今回のは国内史上最大規模だったそうだ。 テレビから目が離せない。怖い。長野でも地震あったし。 原発事故まで? 妹がPC宛てに、ネットから得たお役立ち情報メールをくれていた。以下コピー: 「今の自分が居る場所、今の自分が立っている位置と周囲の品物や構 造の柱・壁との位置関係だけは常に認識しておいてください。 グラッと来た時は、何が倒れてきそうか?何が落ちて来る位置か? だけを常に想像しておけば良いです。 広い空間の部屋では、中央に居るよりも、壁や柱の2〜3m前後の 位置に居ることが、部屋が圧縮された時にわずかな空間が出来るか も知れません。壁に近すぎてもダメです。そのような位置関係を絶 えず認識しながら生活しましょう。
自分の右足の甲の中央あたりや、右腕のどこかが、脈打つ感覚を覚 えた時は、周囲の状況と位置を確認しましょう。 運転中ならば、広い場所があれば一時的に駐車すれば良いです。
ひどい状況に居る人も、安全な地域の人も、寝る時の姿勢は、でき る限り真っ直ぐな体勢で寝ましょう。そうでないと、筋肉痛や血流 障害を起こしやすい地磁気が発生しています。枕なしも、首を曲げ ないので良いです。」 「東北、関東圏の人々は今日(昨日の11日)から、ワカメ類、 納豆、豆乳、大豆プロテイン、根昆布なら1日に1個。 味噌汁。などの海藻類、大豆類の摂取を、1週間だけ心がける こと。自分が手に入る物だけで良いです。過剰な摂取は、害に成る ので不要です。適量を少しが良いです。適量のヨード成分を体内に 蓄積することによる、放射能への警戒です。ソ連のチェルノブイリ 事故の時も、上記の摂取をしていた人は、後年の症状が軽症で済み ました。これは、もしかの場合に備えた対策であり、原子力事故だ けではなく、地磁気の被曝への対策でもあります。 (補足。先日の太陽大規模フレアXクラスの影響。太陽か らの強烈な放射能対策。)」
携帯電話の充電器をもう少し多く買っておこうかと 100円ショップやコンビニを回ったけど、どこでも売り切れ。 パンツやシャツの予備だとか、日持ちするカロリーメイト的な食料を買い込む。
夕食にはワカメスープや納豆が登場した次第。
息子や娘の携帯に、知り合いから「コスモ石油の爆発で有害物質が飛んでるから傘やレインコートがいる・多くの人に広めて」とかなんとか、メールが。 それはチェンメ(チェーンメール)だろうと判断、無視して正解だった。
☆13日日曜日
旅行会社から夕べ連絡があった件。 下旬に予定していた台湾旅行は、2名のキャンセル待ちだったのだけれど キャンセルは出るだろうという予想は外れ、やっぱり無理そうだ。ということで 夫が、第二候補として検討していたシンガポールのフリーツアーに、ダメモトであたってみた。 そしたら飛行機は確保できるけど、ホテルは確約できないって。 それでもいいからと予約入れる。23日から5日間の。 といっても行きは夜の便で帰りが早朝の便だから実質3日間。
何せ、旅行を計画し始めたのが、息子の受験がすっかり終わってからなので 大抵のめぼしいツアーはもう満席なわけで。
防災系のグッズを多めに各自持たせ お義母さんの様子をうかがいに家族で行った。 結構元気そうではあった。でもいろいろと不安だったに違いない。 ヘルパーさんが、しっかりしてて優しいし助かった。 お義母さんの分の防災グッズと携帯食料を用意して行って、少し渡した。 そのあと近くのハワイアンレストランでランチ。息子とは受験前以来、久しぶりに会ったので、喜ばれた。
夫はそのまま実家に残って諸作業。私は子どもと帰宅。 ネットニュースで、明日からの輪番停電のことを知る。 そうだ、余計な電力を節約しなきゃ。今日が暖かい日で良かったけど、明日は雨なんだよね。 なんか。 こうやって普通におやつ食べたりできる状況が、実はとんでもなく有難いと思い知らされる。
明日はパスポート申請に都庁に行くけど、エレベーターには乗らないつもり。 祖母は新ホームへの移動が決まったらしい。ほっとしたが、お試し期間にはまた気苦労もあると思う。 来週末には私の実家に子どもを連れて行ける見通し。 それまでに地震は落ち着いててもらいたい、心から。
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