気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2011年03月04日(金) 祖母の、ホームお試し入居 他

☆いまニュースになっているネット利用カンニング事件、
たしかに当初は私も、ウチの息子の悲願を痛いほど知ってるだけに
「ほかの頑張ってる受験生を馬鹿にした、とんでもないことだ、許すまじ」と思ってた。いやいまも思ってるけど、

でも容疑者が予備校生単独犯らしいと知って、気持ちは複雑。
センター試験の振るわなさ・・・数学の苦手・・・魔が差す気持ちもわかる気はする。
罪を憎んで人を憎まずと思いたい。

監視体制を強化したら防げるってものでもなさそうだ。
もう道徳に訴えるしかない。小さいころからの。
ズルして出した結果に価値がないこと。ズルしないで努力したこと自体が自分の収穫であって結果じゃないんだということ。
それを体の快不快の感覚で刻み込まれていれば、
つまり、
正々堂々と全力で負けたほうが快、美味しいものを食べた気になり、
ズルの不快さを、不味いものを食べたような気でとらえられたなら、こんなことをする気は起らないだろう。
その感覚が幼いころから植えつけられるためにどうすればいいのか。

☆娘のアンコンの様子を収めたビデオデータを間違って消しちゃった!あー、私、ばかかー。
ああああああ。
でもよくぞ家族で聴いておいたと思う。

☆娘の班、ディベート大会優勝したそうな。良かったねえ。

☆認知症の祖母を実家の母が看続けることが心身ともに無理が出てきているので、
見かねた叔母(母の妹)が、そして従弟も母を助けてくれて、
今年に入ってからホームめぐり、そして昨日からのお試し入居準備、
本当に大変な日々だったようだ。
私は受験生にかまけてずっと何も手伝ってあげられなかったけど。
お試し入居は、子どもで喩えれば、慣らし保育のようなもので
デリケートな心から不安が取り除かれなければ軌道にのせられないだろう。
孫が頻繁に会いに行ってあげたほうがいいよね、と
妹も言ってたので、
今日の午後、私は息子を連れてその横浜市のホームに祖母を訪ねた。

私達が行ったときには、きれいな部屋の前で、同じフロアの老婦人と何かお話をしていた。
意外と、社交的なところがあるので、
やっぱり祖母は人中に居るべきだと思う。

でもデイケアよりは個人のプライバシーが保たれてしまい、ひっきりなしに誰かが構う状態が少なくなりがちだろう。
なんとか早く馴染んでもらいたい。

私や息子のことを、かなり誇らしげにその隣人に紹介していた。
祖母が我々を「自慢の孫娘と曾孫だ」と認識してくれているそのことをなんとかうまく使って、
祖母の寂しさを紛らわせることで
母の心のいたみも薄めたい、・・・なんて
おこがましいことを私は考えていたが、

でも、なんだろう、
たしかに祖母は色々忘れてるしカワイソウな状況ではあるけれども
そして決して性格的にも好人物とは言えないんだけれども
祖母と会うことは、私にとって(たぶん、今日会った息子にとっても)
私の何かを成長させるというか学ばせられるというか
修行なんていうヘビーな感じじゃなくて、
うまく言えない。が、そんなふうに良い刺激をもらうだけの私は
介護の本当の大変さを知らないで美味しいところだけつまみ食いしたようで
そこは後ろめたい。
でもプロの手を借りなければならない部分がこれからたくさん出てくるはず。

子どもや孫の幸せな様子を見るの「だけ」が生きがい、という生き方を、いまの私ならば否定しない。
まあ、別にそれでいい。っていうか、老いたらそうなっていくのが望ましい。
その「幸せ」の内容だけれど、ただ笑っていればそれで「幸せ」なんだとおもう。
お腹の中で何をどう考えているか厳密には、分からない人々だったとしても
その場で一瞬でも「笑いあった」時間が持てたら、それ自体は幸せなんじゃないだろうか。

だから、「忘れる」ということはカワイソウでもあり幸せでもある。

祖母や伯母(母の姉)に対しては、突き詰めて思い出そうとすれば無数にいろんな私の個人的な恨みつらみが思い出せる。
でも。
もう、いいや。
彼女らも、その時点で、ただの発展途上な人間だったんだし
その御蔭で今の私の存在がある。考えさせてくれてありがとう。先生だった。みんな。

柳となりたい。吹かれて流されていつつ折れないでいればいい。
っていう、その為の、主な力は、
第一の選手「覚えている、でも敢えて許す」が出場不可能だった場合は、
二番手の主力選手は「忘れる」が強力なんだ。
問題は。恨む相手が、その出来事を忘れてくれちゃっている場合。
いまの私はきっと、「これ幸い」とそれを肯定的に受け止められるステージに片足突っ込んでいるだろう。

だから、話がまとまらないけど
私は、祖母とおしゃべりするのは、時々だったら(←ここ重要)心の掃除になる気がする。
まだ伯母のことは苦手だけど、というか彼女のデリカシーのなさとか自己中を指摘してやりたい衝動誘惑に駆られるのが面倒なだけだけど、
でも昔よりは、私は柳になれるような気がする。
気がする気がする、ばっかりだけど、どうせ考えても答えの出ないこと。
だったら、そのとき「これが良いかも」と感じたことをしよう。

今度、娘も連れて行こう。学年末試験が済んだら。


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