気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2010年09月15日(水) 「恩」と「仕打ち」 分別してリサイクルすべきか否か等、逡巡する

子って親から逃げられないんだってことをもっと考えてやらなきゃなと。虐待事件など見るたび思う、

子どもの人格を尊重せずに私物化し傷めつけるのは後世への犯罪(自戒をもこめて)。

ただ、そういった逃げられない親から何をどう受け継いでいるかは
一概にひとくくりにできないのだなと感じる。

身内にも例が。

私の伯母(三姉妹の長女)と母(次女)の違うところは
祖母(彼女の親)から受けた折檻など心の傷、その負の遺産を
伯母は、(だいぶ薄めたとはいえ)負の遺産のまま子に伝えてしまったようだ。
母は、それを正の遺産に転換してくれた、
そのお蔭で今の私があることに感謝、というか、ホントめっちゃ助かったと思う。

で、そんな恐い祖母は、その昔の、我が子に対するふるまいを、ご自分では覚えていなくてトンと忘れているわけで。

いま母は、けっこうボケてきた祖母と同居して世話をしていて
子どもの頃の辛く恐ろしい感覚をときおり思い出してしまいながらも
(もしも私だったら、仕返しの一つもしてやりたくて頭おかしくなってしまいそうだけれど)
「自分に課せられた修業だと思って頑張る」と言う。

永らく支配していたのは祖母だったかもしれないけど
心のステージ的には母のほうが、遥かに高みに昇ってしまったと感じた。


私はといえば、やっぱり伯母のこと、

二十年経とうが三十年経とうが今更いまだに、
ほぼ毎朝、見る明け方の、伯母が登場する夢、ってのは(今朝も見たけど)
パターンがもう可笑しいほど決まり切っていて
シチュエーションは少しずつ異なれど
大体が次の二種に。

その一。私が不得手なこと――もてなしとか料理とか気配りとか立ち居振る舞いとか――などについて
彼女に指摘されて慌て心臓がバクバクする。
その二。私の善かれと思って言ったことなどが彼女に曲解されor彼女のプライドを損ね
それを大声で訴えられて慌て心臓がバクバクする。

伯母に罵られたり突き飛ばされたり悔し泣かされるシーンが過去に多々あったが、

でも一方で彼女はあくまでも善意の人間だという自覚でいるのだし
実際に彼女に大変にお世話になっていたため、

カナシくて理不尽な思いと、大いなる恩が、ないまぜになっていたため、
この件の対処がムズカシイのだった。

そんなときはよく母(次女)や叔母(三女)に慰めてもらって気を鎮めた。
問題が元から解決するところまでには到らなくても
全人格が否定された感、からは解放してもらえた。

でも多分、この件で、変わるべきは私のほうなのだろうとは思う。
で、結構、変われた、変われてきたとも思う。
自分にも何かしら問題があったのだし
悲しい思いも恩の一部、教えの一部だととらえることで。

伯母のマイナスな性質のうち、いくつかの要素は私の中にも確かに少しは存在する。
自己弁護なところも。
何かに夢中になっては興味のないことを手つかずにするところも。
面倒は後回しにするところも。
私も少なからずそうなのだ。というか私こそがそうなのだ。

同じ原材料でできている。彼女も私も。
出てくる性質の配合比率がちょっと違うだけだ。
ただ私は、反面教師に恵まれたことと
母が優しかったから安心できて鎧が必要なかっただけ。

誰だって同じ原材料でできていて、
何かの拍子に出てくる性質の比率が少々違うってだけだ。


って、頭で理解していても胃とか腸とかカラダはついていけなかったりする。
夢の中で彼女に出会うと(いや、遠くでみかけると)足が竦むという条件反射は変わらないのだ。
もう現実の彼女のほうは私に何一つ嫌味など言ってはこないし、それどころか楽しく?会話もできるというのに。
いつ何時、何をきっかけに、彼女の攻撃(=最大の防御)が出てくるか判らないとはいえ
当たり障りのないことしか口にしないでいれば
表面的には何の被害もないのに。


この思い、この気分をどうしよう。いや、
どうしたらよいか実は答えは出ていて、あとは頑張って消化(昇華)すればいいのだ。それも、
修行っちゃ修業かもしれない。


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