気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2010年09月08日(水) 旅立つときのことを考えたりした

・・・のは、親戚のことがきっかけ(90代後半おじいちゃん)。

どんなに勧められても病院や介護サービスの世話になることを断固拒否し、
骨折しようが熱中症になろうが床ずれができようが、
訪問看護も救急車も拒否し、
それどころかつい最近まで、嫁や孫が来ても追い返し、
“お迎え”をただ待つかのような
そんな人が、親戚の中にいたのだった。

最初、その話を聞いたときには、申し訳ないけど
ちょっとばかげたことだと思った。
どんなに頑固だったって、元軍人の心ったって、それじゃ子ども不孝じゃないかと。
歳をとったらば、もっと素直に、お医者にでもヘルパーにでも縋ってくれたほうが、その息子達だってどんなにラクかと。

親戚とはいっても、その人と私は面識がなく
直接的には、何かをしてもらったこともしてあげたことも特に無い。が
伝え聞いたその人の様子から私はどうしても
老い とか、 人生の締めくくり とか 看取り ということについても
考えさせられる。というかさせてもらえている。その意味では、感謝したい。

ちょうど先日、何の気なしに
「週刊 東洋経済 9月11日号」の、終末期医療についての特集を手にとって、
あ、もしかしたらその人の気持ちにも一理はあるのかな?と思わされた。
そして、その信念を作り上げた何かに対しては、敬意を払うべきなのかも
という気もしてきた。


以下、少し紹介したい。書きとめたい。その東洋経済の特集記事からのメモ:

一般病院の仕事はとにかく延命治療。
例えば、ものを飲み込む力が弱くなった高齢者に、無理に飲食させると誤嚥性肺炎がしばしば起こるので
それを防ぐためにつくられる「胃ろう」というものがある。
体の外から直接栄養を胃に流すためのもの。
しかし消化できる量は歳をとるほど少なくなるので
キャパを超える摂取はやはり胃から食道への逆流を引き起こし肺炎を起こすことが多々あり
結局は病院で亡くなるリスクは減らせないという。

特養ホームの常勤医師であり、「平穏死」を勧めている石飛幸三さんのことばの中にも
「本人の食べたい量に任せていれば、次第に食べる量は減っていく。いずれは水を口に含むのがやっとになる。
そうした状態が約一カ月続いた後、静かに息を引き取る。
こうした状態では、脳から麻薬のような働きをする物質が出るので苦痛がないと言われている。」
「既存の治療や延命措置は自然の摂理に反した行動だと思うようになった」(以上引用)

安らかな自然な旅立ちを重視する考え方。
末期がんなど終末医療を必要とする患者や家族にとっても、それは注目される。
免疫系がダメになる辛い副作用と戦わざるを得ない抗がん剤治療、よりも
ホスピス(緩和ケアと言いかえられていることが最近多いそうだ)での、痛みを和らげながらも無理な延命はせず
残された生活の質を考えた、穏やかな人生の総まとめのほうが望まれているのではないかと。

けれど緩和ケア病棟の数は全然足りていないそうだ。
必要とするがん患者のうち6%ぐらいしか利用できない、そして
ホスピスに入れた「ラッキーな」人も「それでも家にいたかった」と本音を言う人が多い、という
そんな現状を目の当たりにして、
東京小平市に在宅専門クリニックを開業した「ケアタウン小平クリニック」院長の山崎章郎さんが、
ケアタウンの誕生背景を語る中に
「チームケアの経験があるわれわれが街に出ていけばよい。
ケアは“ソフト”であり、ソフトの事業者が集まれるような“ハード”としての拠点があれば、
ホスピス内のようにコミュニケーションが取れたチーム編成が可能になる」(以上引用)

・・・・・

まあそんな感じのことが色々考察されている誌面だった。

歳をとったらだれにも迷惑かけずに、っていう考え方はしばしば聞くし
そう思ってしまう気持ちはわかるんだけど、実際まず、無理だから。
生まれて生きてきた限りそれまでに、既にゴマンと誰にでも何らかの迷惑かけてたわけだし、今更。
介護する人間がそれを迷惑と思う程度だって、介護される側との心の関係性に因るだろうし
まあ大抵、何かしら迷惑だと思う場合、それは歳とる前から既に迷惑だったんだろうな。

私自身は、
歳とった親や夫から被る迷惑は別に構わない迷惑だろうと今のところ思う。
歳とった自分が周囲に掛ける迷惑はゼロにすることはできないだろうと思う。
※この考えは、私の祖母を反面教師として導き出したことだ。
その意味で祖母も有難い存在だ。(←皮肉でもあるし本心でもある)
あのような一筋縄ではいかない祖母を看ている母の姿は
師匠の姿だ。


そして
親にも夫にも自分にも、とにかく締めくくりがこうであって欲しいと思うのは、

その背中とお腹のイケてるところもイケてなかったところも全て
この世で誰かに垣間見せたことによってそれが遺産になり
(つまりボケてようとボケてなかろうと、その変遷すべてが教師となり)
それをもって一満足として次の世代(それは家族とは限らない)へ
穏やかに全てを委譲する気分の中で、

意識がしっかりしてる間は、ささいなことも喜べて、生かされてること自体に感謝できて
意識がなくなるときは、極力痛くなく、いや痛みをそんなに感じなく、眠るように
あとのことなんて心配しない気持ちになって、お休みなさい、じゃあ暫しの別れってことで。って逝ってほしいし、逝きたい。


もう、こんだけもう幸せも味わわせてもらったから何時逝っても悔いなし、なーんて考えながらも

今週末の娘の文化祭の発表は絶対観るぞ とか 龍馬伝の最終回は見届けないとな とか 息子の大学合格祝いをする日 とか いつか娘の彼に挨拶されるのか とか 来年のあの映画も観なきゃ とか そういえばあれ食べたい とか あの人にあれ見せたい とか なんかやっぱり、キリなく、
まだまだ。今は終わってられないって思っちゃうし、まさか終わるわけもないだろーって思っちゃう凡人な自分。





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