| 2010年06月22日(火) |
自問自答の朝は継続中(研修終了からの脳内風景まとめ) |
殴られ屋っていう職業があるらしいけど。 仕事で、目の前の他人に身体的に物理的にぶたれるのと、 仕事で、顔の見えない人の声に言葉で心をぶたれるのと、どっちがシンドイのか 「やっぱりいくらなんでも殴られ屋よりはマシだよね」と、本気で自分の状況をそれと比較していた日々が だんだん遠くに過ぎ去ろうとはしている。
ぷっすま出演者が三茶のキャロットタワーにロケで来てたのにも全く気づかないような。 落とせない大皿※は一枚限りという、自分の仕様のしょぼさを 痛いほど自覚した日々でした。
でもまだ、毎朝、辞めようか否か・辞めるならどのタイミングでか、と 考え考え駅に向かっている。 このモンモンは、しつこいけど自らに言い聞かせ&後々の振り返りのため、書いて置こ。
問合せ件数が落ち着きを見せるに伴って、 電話の趣旨も、クレームよりも具体的な質問や困惑などに移り行き それとともに私の悩みの成分配合も、少しずつ変容している。 その主なものは以下:
悩み成分一、 顧客に告知すべき内容自体が、ちょっぴり理不尽。ある客層のニーズには合致するが、ある客層のニーズには反している。理念は折角良いのに、少なからぬお客様に面倒と出費を強いる。そこにオペレーターの自分自身も納得し切れていないことのストレス。
悩み成分二、 あんなに時間を費やして受けた研修では充分に触れられていなかった知識が、仕事を開始してみたらそれが必要だった。本当に知っておかなければならなかったのはもっと別なことだった。 が、テレオペ業務が始まってしまうともう、上の方も忙しそうで、質問時間もごく少なく、 その確認がとれないまま、顧客を待たせながら都度覚えるはめに。が、それも企業秘密だから持ち帰り厳禁。
悩み成分三、 DMを見て架けるお客様は、ついでに別件で様々な関連事項を尋ねてくるのに、この窓口にいる我々は業務全容を知らないまま対応しているから、用語の意味から転送先までイチイチあたふたしながら探すはめに。
そんなこんなで 特に私と同タイミングで就業した一期生は、そのやりにくさからか次々に辞め いつのまにか研修当初の三分の一の人数にまで減っているそうな。
だけどねえ、
今までの日々が私に与えた試練ってか課題は 有難いと思えなくもない。
練習問題一、 朝の家事の手際&子どもと同時に自分の心身コンディションを整えて玄関を出る、無遅刻無欠勤を保つ精神。 乳酸菌サプリでコントロールしていても、毎朝欠かさずナンベンだけど。(仕事休みの日はお通じ正常。ゲンキンな腸だ)
練習問題二、 どんだけ凹まされるお客様に対しても、相手に良かれと思って応える努力をする度量。私の知らない・覚えていないようなムズカシイことを訊かれても、それを知識を増やす好機ととらえられる度量。
練習問題三、 どんだけ気持ちが疲れ果てて帰宅しても、家族のことを考えられるキャパ。いつも脳内に立ちこめる暗雲を、一旦は隅に押しやり、子どものためのスペースをフレキシブルに作れる柔軟。
練習問題四、 毎日定時に家を出て、シンドイことをして帰ってくる、 まず夫・息子・娘・さらにすべての社会人や学生さんの 身の上を察し、思いやっての、感謝。
あー、それに。 何といっても、何といっても、お金、がもらえた。 娘の部屋移動や家族の新学期準備にともなうあらゆる出費のほとんどが 初給料で補填された。 あともう一回の給料で残りのクレジットもクリアされそうだ。
たとえば借金のカタに売られた娘がイヤイヤ働いているようってなことに比べれば ずっと遥かに贅沢な暮らしではありませんか。
向こう一か月、いやもしかしたら、 もうすこし粘ってあと二か月、三か月、 いっそ当初の約束通りあと四か月、 勤めあげて最後の退社日に感涙してみようか。 分からない。どこまで持ちこたえられるか。 ただ、続けるモチベとして言えるのは この程度のことを持ちこたえられないと、私は 子どもに「根気」だの「我慢強さ」だの言う資格がないんじゃないかということ。 それに 同期の、他の40名のように、いま私も挫けて辞めたら ほらやっぱり女なんて。子持ちの主婦の職業意識なんて。その程度。という世論に加担しちゃうかも。 それは世の中の為にならないんじゃないかということ。
でもね(また自問自答)、 そんな世の中の為とかより何よりも私の優先順位一位は 健康で余裕のある心で子どもに「お帰りー。」と言える自分を保つことだ。 欲張ってあれもこれもできるような甲斐性がまだ身についていないなら、無理せず身の丈でいるべきか。 それに、ここんところ、母や夫や子どもにまで愚痴って、 いざとなったら辞めることはできるんだ、奴隷じゃないんだから。と認識したら すごい軽くなったこの心。ヘリウムガスのように。 はい、もう貴重な経験もお腹一杯もらったし、今まで続いたんだから充分でしょ、 いつでも辞めたきゃ辞めてやる。 って相反する二つの自分が中に居る。
※落とせない大皿・・・「あたしンち」(けらえいこ著)のお母さんの人生観である「人生は皿回し」で言われるところの皿のなかで、メインの大皿のことを私がそう呼んでいるだけ。
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