気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2003年03月07日(金) 友達

転校してあるいた小中学時代。私はいつでも新参者だった。だから新参者を受け入れてくれる人が天使に見えた。
みんなが当然のように知っていることも、私は知らない。既に出来あがっているグループの輪に入るのは、大きなエネルギーを必要とする。
中一のとき、初雪舞う札幌から、銀杏並木かがやく東京に来たときの、そこのクラスの女子たちは、特に閉鎖的な社会を作っていた。
今の私を知る人にはイメージできるか分かんないけれど、ほんっとに私は、言いたいことの100分の1も言えない、おとなしーい子だったのだ。
(外では)
ぽつんと残される休み時間がいたたまれなくて、いつもトイレで時間をつぶしてた。
だからって、自分からそれを打開する気力はなかった。

やっと自分を出せたのは、クラス替え後の中ニから。みんなが同じスタートに立っている。既存のグループは目立たない。
だけどこんどは、仲良くなった子たちがそれぞれ別のグループを作ったことから、その板ばさみに立たされて悩むことになった。
恋人ならわかる、あたしが好きならあの子とは付き合わないでっていうのも。でも友達となると、押し付け合い独占し合う必要性がわからない。
反目しあっている根拠は、じつにしょうもない表面的なことばかり。他人に対して、ちゃんとした評価をしようとしない。
あることないことの噂とか、横並びの追従とか、なんのためにするのか、腹立たしいことが多い中学時代だった。

そんな自分の過去をふまえてかどうか。私は「新しく入って来た人」に対して、なんか放っておけない気持ちになる。
その人がここの集団になじみ、ここの生活に慣れるように、知る限りのいろんな情報を提供してあげたくなる。
引っ越してきたなら、周辺のお店のガイドとか、学校の新人なら、行事やサークルの案内とか。
そして彼女(たいてい女性だから)が、信用できる集団の、フェアな精神の中心人物とうまくやっていけそうな段階になるまで、その輪に入るまで、橋渡ししたい。
比較的仲の良い人同士の会話に、彼女のことを紹介し、誘い誘われるようにさりげなくアピールする。
もう大丈夫、もう不自由ない、そんな彼女を見届けたら、私は一旦引く。つまり「ただ、ここに来て初めて出会った人」としての私を、それ以上は押し付けないようにしたいのだ。
一旦は私も、その他おおぜいの人と同じスタートラインに立ってから、自由な選択の中で、改めて彼女に私のことも選んでもらえたら、それが嬉しいという、ヘンな心理が働くらしい。

そこどまりの関係の人もいれば、そこから非常に仲良しになれる人もいる。
それは一緒にいる時間の長さとは関係ない。ほんとに友達になると、転居で物理的距離が離れても、つながっていられる。
たとえ嗜好も趣味もちょっと違ってても、「人を好き」な程度がだいたい合っていれば、話をしたくなる。
そういう友達に出会えた今は、たとえ夫とラブラブじゃなくっても、恋する?人が手の届かないところにいても、まあ良しとしなきゃね?

お誕生日おめでとう>R子様 貴女とおしゃべりすると、心の古い角質がすっかりとれていきます。人生これからやね。


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