お正月は 自分がどう死にたいか を考える所から始まった
正確には どう と言うより どこで なのかもしれないが 天涯孤独でない限り 勝手に死ぬというのは 赦されないことなのだ
その帰着点から どれくらいか判らないが 今へとさかのぼり どう生きたらいいかを 同義語のように考えるとき 相変わらず途中過ぎて 頭にはぼんやりと靄がかかる
ひょっとしたらこの地にきたのは ただ 猶予期間が欲しかったから なのかもしれない とさえ思ったりもするのだが そんな風に 総括できるほど 次の何かが浮かんでいるわけでもない
生まれた時からの 名前を失ってそれから 帰る場所は 自分で作るよりない と うっすら意識していたことを はっきりとは口には出さないが わたしは全く寂しいとは思っていない
寂しさは 何かを望むことの中にある ひとりでは 到底なしえない限界を見たとき それでも望むなら きっとそこには寂しさが潜んでいる
何もなく 平穏で居られる時期って短い
友人のその言葉を聞いて 同じことを 只中の平穏な時間に 思っていた自分を振り返った もうあの頃は戻らないけれど ひょっとしたらわたしの心の中は ずうっとたいらかに なっているのかもしれない
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