昨日は知人のお見舞いに
以前からの持病のせいで 身体が不自由だったのだけれど 今回は別の理由で4度の手術 その前後何日にも渡って 記憶がないのだと聞いた
数ヶ月が経ち退院した今 リハビリを続けながら 以前と同じことを 時間が掛かっても 何とか出来るようにと 頑張っておられた
頑張るとは言っても ギリギリと無理をしている風ではなく 逆にさらさらと達観しているワケでもなく ごく普通に見えて その普通さゆえ 底知れぬ強さのようなものが 内側に溢れている気がした
彼女からは 障害者だから という言葉を聞いたことがない 個有の状態について語ることはあっても 自分についても他人についても そういう括りをしない
だからなのか 彼女の周囲には 一緒にものを作りご飯を食べる 沢山の人たちがいて 括りでは表現できない そういう集まりの中で 生き生きと活動されている
他人に手を借りることと 自分にしか出来ない何かで 誰かを導くことの両方が 自然にバランスされていて わたしは思わずそこに 自立 という言葉を浮かべる
一緒にいて 何かしてあげなきゃの切迫感や 健常者であることの罪悪感を 感じずに済むのも きっと彼女が 自立しているせいなのだ
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