昨日テレビで 瀬戸内寂聴さんを取り上げていた
たくさんの人が 月に一度の 法話を聞きに訪れて お話のあと 発言した人は それぞれの思いを どっと溢れさせていた
その感情の表出は 衆目の中に居ながら あまりにも激しくて 自分が指さされるときまで 誰に見せることもなく じいっとフタをしてきたのが ようやく堰を切ったかのようだった
何度となく 繰り返し思い 絡まり留まり続けたことは きっと そんなに簡単に解決はしない けれども そうやって捏ねて固まったものを 一気に抛ることができたとき 何かが少し変わると思う
ただ 経過のなかにわたし達がいることを 寂聴さんは 上位自我のように訓えてくれる 耐えられない苦しみ悲しみで 自分の中の時間を止めようとしても 日々はずっと続いて行く わたし達の人生にはもっと先がある
抛る相手がいなくても 本当は ひとりひとりの中に確りと 溜めた苦しみと同じくらいの大きさで 生きていくちからもあるんだろう 人生のオワリは 自分が決めることじゃない
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