|
愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる DiaryINDEX|past|will
糖質制限、心がけてるんですけど、時々猛烈に糖質摂りたくなります。そのときに「じゃあ炭水化物食べますかね」って素直に食べたらいいのに、「いやいや一応糖質制限してますし」っていったん我慢して低糖質のものを代わりに食べるもんだから、後になって強烈な糖質クレクレ欲が出て、めっちゃ食べちゃいましたよ。糖質制限前ならとても食べられないほどの量を食べたね。過食嘔吐やってた時期を思い出しました。そのときならきっと吐いてた。今はどんなに食べ過ぎようが絶対吐かないです。吐くという発想がない。吐しゃ物でトイレや体が汚れるの嫌だ。吐き方も忘れました。吐く理由もない。最後に過食嘔吐したのはいつだろう。15年前くらい?ピーク時からは20年以上経ってる。もう、記憶が曖昧になってます。吐いていた頃は、吐かずにはいられなかったけれど、どうして吐かずにはいられなかったのか分からない。あの頃も、どうして、に対する明確な答えはなかっただろう。いや、私なりに答えはあったのかな?ほら、こうやって、忘れてしまうんです。「吐かなきゃ」っていうのは、すごく切迫した気持ちだったはずなのに、時が流れ、おぼろげになってしまう。なかったことにはならないけど、あったのかどうか定かでないくらい曖昧になってしまうかも。そのときの気持ちを、ありのまま書き残していたら…。最近、過食嘔吐の女性のブログを読んでみたりしたんですが、たまたま見つけたのが、けっこう明るい内容だったので、意外だったし新鮮でした。私は、絶賛過食嘔吐時期は、たぶんとても苦しかったので、日記書くとしたら陰鬱極まりない内容になると思うし、自分が食べたものを書き連ねることはできないです。怖すぎる。なかったことにしたいし、なかったことにするために吐いちゃうわけだから、何をどれだけ食べたかなんて、証拠を残したくない、思い出したくない。色々な人がいるんだな。当たり前だけど。どうせ過食嘔吐するなら、苦しいだけじゃなく、楽しみもあった方が救いがあるか。私は、過食嘔吐をしていた時期があり、拒食の時期もあり、それらを摂食障害であるとは思えなかったし思いたくなかったので、思ってなかったんですが、まあ摂食障害でした。そしていつの間にかそうじゃなくなってました。なので、過食嘔吐を「克服」したわけじゃないです。克服って、「努力して困難に打ち勝つこと」らしいです。うわー、敷居高い。克服、無理。克服とかではなく、ただ、通り過ぎていった。私が過食嘔吐を通り過ぎたのか、過食嘔吐が私を通り過ぎたのか、どちらが主体なのか、どう違うのかも分からない。とにかく、通り過ぎた。通らないですむなら通らないですむに越したことはないけれど、きっと、通らざるをえなかった。そう思う方が、気が楽なので、そう思う方がいい。通らざるをえない道を通っている人に、「その道はダメだよ」、という類の注意は虚しい。そんなの全然通じない。その道がダメなことは誰より本人が分かってる。専門家でも親しい間柄でもなんでもない他人がどうこういっても何にもならないが、大切な人が、心から、ダメだよ、って言ってくれたら、救いになるのか。何が救いになるのだろう。過食嘔吐だけが救いだと感じている時に、過食嘔吐以外の何が。その道がダメなら、どの道にいけばいいのか。ダメじゃない道はどこにあるのか。ダメじゃない道が無理だから、その道にきたのに。でもきっとどこかにもっと別の道がある。と信じてる。そんでこんだけ書いといてなんなんですが、話それまくりなんですよ。こんなん書くつもりじゃなかった。何を言いたかったのかというと、私、糖質制限を心がけるのやめますわ。私の場合、糖質制限を心がけない方が、糖質制限できると思う(素)糖質制限そのものには大いに賛同してます。ただ、心がけるのはやめて、心にとめておく、くらいの感じにします。制限、必要だけど、向いてなかった。いい感じにできない。心が縛られる。
|