愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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『日曜空いてる? よかったら、一緒にプラネタリウムに行きたいんだけど。今回は絶対寝ません…』 真田から連絡がきて、郭は本当にホッとするし、嬉しい。勿論、OKする。プラネタリウムで居眠りしたこと、まだ気にしてたんだと思うと、微笑ましいし、そういうとこが好きだと思う。ところで、郭は、真田と都合がつきやすいように、真田のシフトに合わせてバイトの予定を入れてる。真田は、基本、火・木の夕方〜夜と、土曜の午前中か日中。郭のバイトは週一で、火・木の夜か、土曜の午前なら大丈夫だと家庭教師先に伝えてる。真田は基本的には日祝は出ないから、郭も、日祝に振り替えるのは無理、と伝えてるよ。真田は、郭が自分に合わせてると知らないから、たまたまバイトの休みが被っててよかったー、と思ってる。たまたま違う。わざわざ合わせてるんだよ。
日曜。バス停で待ち合わせ。真田はいつも予定より早く来てる。10分前には到着。不慣れな場所なら、もしものことを考えて早めに出るため、もっと早く着いてしまうこともある。郭は、5分くらい前に着くよう行動してるんだけど、真田が10分前なので、真田と待ち合わせのときは、いつもより早めに行く。郭がバス停に着くと、真田はもう既に来てた。真田の格好を見て、郭は、あっ、と思う。なんかいつもよりお洒落してる感じだったんだ。基本、真田も郭もシンプルです。真田がお洒落してるっていっても、雑誌に出てくるようなのじゃなくて、普段よりはシンプルじゃない、くらい。そして、カジュアルな感じではなく、いいとこの坊っちゃん風です。実際、真田は、まあまあいいとこの坊っちゃんなんだよ。普段はそんな風に見えないけどね。 「どうしたの、一馬。よそ行きだね。似合ってるよ。かっこいい」 「うっ…、ありがとう。でも、もう服装について何も言わなくていいよ…」 恥ずかしいからね。デートだし、たまにはお洒落してみたよ。 (かっこいいのはそっちだろ…) バスの中、隣に座った郭の横顔を盗み見る。切れ長の目、通った鼻筋、白い頬、薄い唇、細く長い首、…なんて綺麗なんだろう(※恋する真田視点です) (英士の横顔、好きだなあ…) 「どうかした?」 真田の視線を感じて、郭が振り向く。 (あっ、正面も好き) 「ううん、何でもない」 「バスで寝ててもいいよ? 上映中に寝ないように」 「さすがに今回は寝ない…」 そしたら郭が微笑んで、真田は、 (あー、笑った顔も好き…) ってなる。病気みたいなものだ。ちなみに郭には、真田が時に可愛く、時にかっこよく、時に神々しく見えることすらある。
プラネタリウム上映中、途中で、郭は、真田の手を握るんだ。真田はびっくりして、嬉しさよりも緊張の方が勝ってしまう。暗いから気付かれないだろうけど、会場は結構混んでいて、両サイドにも家族連れが座っているというのに、手を握ってくるとは。落ち着かない。 上映が終わり、照明が点く直前に、郭はさっと手を離した。 「寝なかったね」 「…おかげさまで」 今日は天気がいいので、外で昼ご飯を食べる。バスを降りた後、近くのコンビニでおむすびやらパンやらを買ってる。木陰にあるベンチに座って食べるが、陰にいても暑い。 幸せな感じだ…、って、郭は素直に思う。満ち足りてる。抱き締めてキスした時だって、満ち足りてたけど、幸せを噛み締める余裕なんてなかった。直接的過ぎて、幸福感より官能を呼び起こす。 とにかく、お家で勉強デートも夜の公園デートもいいけど、真昼の広場デートもいいよね! そのうち梅雨入りするだろうけど、雨続きでも、君と一緒なら。 真田は、プラネタリウムの上映内容について話してる。春の星座がどうとか。郭は、苦笑い。 「ごめん、よく見てなかった」 「えー…」 真田は、郭に手を握られてから気もそぞろだったが、なんとか意識を集中してたというのに。 「一馬のことばかり考えてたからね」 「はいはい」 「あ、素っ気ない反応」 「あー、たまに食べるコンビニのおむすびって、妙に美味しいー」 気安い会話が嬉しくて楽しくて、二人して笑ってしまう。 そこで、ふと、郭は思い出す。昔のことを。小学生の頃、家族四人でここに来て、一人でプラネタリウムを見た日のことだ。母親がいなくなる予感は外れたが、その日からしばらくしてから、父親がいなくなったのだった。父は、ある日突然、家を出て行った。子供にとっては突然の出来事だったが、母には分かっていたことなのかもしれない。母親は、至って落ち着いていた。その時に限らず、取り乱した母の姿など見たことなかったが。 「今日から家には父親がいません。でも私達は、今までと変わりなく生活していきます」 母は、有無を言わさぬ口調で宣言した。父親が急にいなくなったのに今までと変わりなくって無茶じゃないか? と郭は唖然とした。姉も、しばし呆然としていたが、ハッとなって猛然と母に食ってかかった。それはどういうことなのか、父親は何故いなくなり、どこに行ったのか、いつ帰ってくるのか、等々、喧嘩腰で質問攻めだ。元々、姉はお父さんっこで、母とはあまり接したがらなかった。お父さんは優しい、お母さんは冷たい、と、よく言っていた。 「お父さんが何故出て行ったのかは、お父さんにしか分からない。どこに行ったのかも分からない。離婚するから、お父さんがここに帰ってくることはもうないわ。でも、あの人があなた達のお父さんであることに変わりはないし、あの人は、今もあなた達を愛しているし、これからも愛し続けるでしょうから、いつかきっと会えるわ。しばらくの間は寂しいかもしれない。でも、徐々に慣れるわ。この家には父親がいないのが当然なる。何も心配はいらないのよ。あなた達は、昨日までと同じように過ごせばいい」 だから、家族が一人欠けたっていうのに、同じようになんて、できっこないじゃないか。でも、そんなこと、母親もよく分かっていて、その上で言っていたのだろう。母親がこんなに長々と話をするのを聞くのは、多分初めてだ。台本を読んでいるような調子だった。抑揚がない。 「…いい加減にして。馬鹿なことを言わないで。冗談じゃないわ。お父さんが出て行ったのは、お母さんのせいよ。あんたが出て行けばよかったのに」 押し殺したような静かな声で、姉が言った。怒りと憎しみと悲しみが入り混じっていた。
「英士、かなり暑くなってきた。中に入らない? それとも、することもないし、とりあえず帰る? 10分後にバスあるけど」 真田に話しかけられ、郭は我に返る。 「…うん…」 「帰る? まだいる?」 「…帰ろうかな。帰りに本屋寄ってもいい?」 「いいよ。その後、よかったら家に寄ってく?」 「うん、ありがとう」 「英士、さっき、ボーッとしてたな。何か考え込んでた?」 「一馬のこと」 「それはもういい」
帰りのバスの中。 「家に行ったら、一馬のお母さんに、幼稚園の写真を見せて下さいって言おう」 真田は、一瞬、驚いた表情になり、その後、取り繕うように、座席に深く座り直す。 「まだ言うのか。呆れる…」 「いつまでも言い続けるよ」 「何で? 好きなの? 幼児が? 怖いよ?」 「そういう言い方されると、ますます見たくなる」 「……」 「何?」 「あんまりいい思い出がない。幼稚園は、結人が一緒だったし、楽しいこともあったけど、でも、別に好きじゃなかった。幼稚園に限らず、小学校も、中学校も。昔の写真なんて、見たいと思わないし、見せるなんて、もっと抵抗ある。見せてどうすんだよ」 「確かに」 「な?」 「でも、見たい。小学校のも中学校のも見たくなってきた」 「えー…。 あー、なんか、ちょっと眠くなってきた。着くまで寝てていい?」 「うん」 「ちゃんと起こしてくれよな」 「もちろん」 「おやすみ」 「おやすみ」 真田は目を閉じて、郭に少しだけ、自然にもたれかかった。肩に頭を預けるような寄りかかり方じゃない。二の腕が触れ合う程度だった。バスの中は空いていて、前の方に二組家族連れがいるだけ。前方は、ざわざわと明るい雰囲気が漂っていたが、二人が座っている後ろの方は、静かな空気に満ちていた。腕から伝わる温もりが、微かに聞こえてくる寝息が、シャンプーなのか柔軟剤なのか何なのかとにかくとても良い匂いが、胸に染み込んで、言い様のない気持ちになる。幸福感なのか、それが呼び起こす切なさなのか。眠る真田を見る。ずっと見ていたいような、あまり見てはいけないような。到着まで、あと30分程。もっと長く、このままでいたいのに。
父が出て行ってから、しばらく経った日の夜のこと。郭が夜中にふと目覚め、リビングにお茶を飲みに行くと、母がいた。照明も点けず、暗い部屋で、何をしているようでもなく、ただ座っていた。 「お母さん、どうしたの?」 「なんとなく眠れないだけ。英士は?」 「喉が渇いて目が覚めたんだ。電気点けていい?」 「ええ」 郭は、照明を点け、冷蔵庫からお茶を出す。 「お母さんも飲む?」 「ありがとう。でも、いいわ。さっき飲んだから」 グラスにお茶を注ぎながら、郭は、何気ないふうを装って、 「お母さんは、お父さんがいなくなって、寂しい?」 聞いたとき、母は、微かに笑った。 「それは当然、寂しいわ。でも、仕方ない。寂しいのは、みんな同じ。みんな、一人なのよ。お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんも、あなたも。家族でも、どんなに寄り添い合っていても、結局は、一人なの」 悲嘆にくれた様子で言っていたなら、慰めようがある。でも母は、どこまでも淡々としていた。 なみなみと注いだお茶を、郭は一気に飲み干した。
母親が言ったことは、間違ってない。正しいと感じる。姉は、「あなたはお母さんに似てる。可哀想に」と言っていた。姉は、母のようにはなりたくないと思っていた。郭は、母のような態度で生きていくのもいいだろうと思っていた。 寄り添い合っても、一人。そうかもしれない。でも、今は、逆の角度で感じている。 一人だけど、寄り添い合ってる。誰しもみんな結局は一人なのかもしれない。でも、寄り添い合える。愛し合える。一人だからこそ? そのことが、音もなく静かに忍びより覆い被さろうとしてくる諦念を、憂鬱を、絶望を、孤独を、力強く押し返す。明日を、未来を、信じる勇気を与えてくれる。
降りる一つ前のバス停を出発したところで、真田は目を覚ました。次はO駅前(降りる停留所)、というアナウンスに反応したのだろう。 「起こさなくても起きたね」 「うん」 「寝顔、可愛かったよ」 「それ、言うと思った」 「写真撮ったよ。待受にしよう」 「やめろ」 「冗談だよ」 「分かってるよ」
次で終わり。多分…。
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