愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
DiaryINDEXpastwill


2012年09月29日(土) 父の話

 いつもお母さんの話ばかりなので、父親の話もするか。私はほんとにお母さんっこで、父のことは全然尊敬してなかった。尊敬してないというか、憎んでいた。お母さんにつらい思いをさせて、私に嫌な思いをさせて、いなくなってしまえばいい、とよく思っていた。そしたら私が二十歳だったある日、いなくなってしまって、山の中で死んでるのが見つかった。自殺したんだ。私が、いなくなれって思ったからいなくなったのか?って思った。でもそれ以上に、私は腹が立った。好き勝手やって、周りを苦しめて、最後はそうくるのか、と。お母さんを最後の最後まで苦しめるのか、と。でも、すぐに諦めがやってきた。父はずっと生きるのが苦痛だった。だから死んだんだ。死ぬしかなかった。それで父は終わった。でもお母さんには、そこからまた新しい苦しみが始まった。なぜ父を止めることができなかったのか自分を責め続けなきゃならない。お母さんはそんな素振り見せなかったけど。私は父を諦めたけど、お母さんが自分を責める限り、父を許せないって思っていた。でも月日の流れがじょじょに家族を癒して。日月が癒すことなどできない傷もこの世にはたくさん溢れているけど、お母さんと私は、次第に、父のいない新しい生活が普通になっていった。たまに父を思い出すけど、それは父の暴虐さや、その暴虐と背中合わせの弱さじゃない。子どもっぽくて無邪気なとこもあってちょっとかわいかったねって、無茶苦茶な人だったけど面白いっちゃあ面白かったねって、字がすごく上手だったねって、笑い合いながら言ってる。悲しい記憶は、消し飛んでったわけでも、蓋をして閉じ込めてるわけでもない。悲しみは悲しみとして残ってる。それはお母さんの一部となり、私の一部となり、同化している。怒りはとっくになくなってる。お父さんは可哀相だった、というと語弊があるかもしれないけど、でもやっぱり可哀相だったと思う。あの日、山の中を、ただ一人で、どんな気持ちで歩き続けていたのだろう、と思うと、胸が痛む。昔の私が少しでも、父を可哀相だと思うことができていたら。でもそれは無理だ。今だから思えることなんだろう。


DiaryINDEXpastwill
もぐ |MAILHomePage